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手芸・クラフト・工芸の商品検索結果全823件中1~60件目

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文化勲章授章 富永直樹 作品 干支作品 タロ ジロ 床の間 銅像 送料無料

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文化勲章授章 富永直樹 作品 干支作品 タロ ジロ 床の間 銅像 送料無料

作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 タロ ジロ ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2)長崎県名誉県民となる。...

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送料無料 後藤純男 行く春大和 絵画 版画 彩美版 シルクスクリーン【smtb-k】【ky】

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送料無料 後藤純男 行く春大和 絵画 版画 彩美版 シルクスクリーン【smtb-k】【ky】

行く春大和 s063 描いたのは、画家自身の心に宿る理想の寺ー 多くの名刹を描いた後藤純男画伯の真骨頂とも いえる、麗らかな春の名作。 大胆な遠近法が試みられた『行く春大和』には、 決して順風満帆とは言えない道を歩んできた、 画家自身の葛藤から導き出された祈りの心がある。 それは、画家が自らに問いかけ紡ぎ出された、画家 独自の揺るぎない美の世界である。 美しい日本の四季を見つめてきた画家の視線には、温かさと静寂がある。 散りゆく桜が、季節の移ろいを告げる。今年もまた春が過ぎて行く。 行定俊文氏(後藤純男美術館 館長)の付属解説書より抜粋 【 彩美版とは 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された新時代の画期的な 技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、原本の持つ微妙な ニュアンスや作家の筆遣いといった絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 後藤純男 ごとうすみお 1930年千葉県東葛飾郡関宿町(現・野田市)の真言宗住職の家に生まれる。 1946年から山本丘人に師事。 1949年からは田中青臺に師事。 1952年再興第37回院展に初入選。 1988年高野山東京別院に襖絵を奉納。 1990年「法隆寺秘宝展」に「百済観音像」を出品、本尊として会場に安置される。 1993年奈良・真言宗豊山派総本山長谷寺に襖絵を奉納。 1995年パリ三越エトワールで個展開催。本作「秋の談山神社 多武峰」を制作。 1999年東京・高幡不動尊金剛寺に襖絵を奉納。 2012年「後藤純男美術館開館15周年記念 画業60年後藤純男展」 を横浜そごう美術館で開催。 日本美術院同人・理事・中国西安美術学院名誉教授。 題 名行く春大和 技 法彩美版・シルクスクリーン手刷り 用 紙かきた 限...

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文化勲章授章 富永直樹 作品 干支作品 置物 馬 午 新風 床の間 銅像 送料無料

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199,100

文化勲章授章 富永直樹 作品 干支作品 置物 馬 午 新風 床の間 銅像 送料無料

作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 新風 ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2)長崎県名誉県民となる。...

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送料無料 那波多目功一 春日 絵画 版画 リトグラフ【smtb-k】【ky】

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198,000

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春日(はるひ) L051 那波多目功一 昭和8年茨城県那珂湊市(現・ひたちなか市)に生まれる。 昭和25年茨城県立那珂湊第一高等学校在学中に、再興第35回院展出品「松山」が初入選。 昭和42年日本美術院院友に推挙される。 昭和47年松尾敏男画伯に師事。 昭和59年再興第69回院展出品「うすれ日」が日本美術院賞(大観賞)受賞。日本美術院特待に推挙される。 昭和60年第40回春の院展出品「小春日」が外務大臣賞を受賞。 昭和61年再興第71回院展出品「耀」が日本美術院賞を受賞。 平成2年再興第75回院展出品「月輪」が日本美術院賞を受賞。日本美術院同人に推挙される。 平成6年日本橋三越にて個展開催。 平成7年再興第80回院展出品「寂」が文部大臣賞受賞。 平成11年再興第84回院展出品「富貴譜」が内閣総理大臣賞受賞。 平成12年前年の「富貴譜」で第56回日本芸術院賞受賞。日本美術院評議員となる。 平成14年日本芸術院会員に任命される 平成16年銀座松屋にて「那波多目功一展」を開催。 平成17年第60回春の院展作品集の表紙に「春日」掲載。日本橋三越にて個展開催。 平成18年日本美術院理事に就任。 寸 法 【絵寸】縦24cm×横28.4cm 【額寸】縦47.2cm×横50.8cm 作 家那波多目功一(なばため・こういち) 【用紙】ベランアルシュ紙 【額縁】特製木製額金泥仕上、アクリル付 【重量】約2.4kg 【版式】リトグラフ 複製画 限定100部 作家サイン、落款印入り 【版・色数】18版18色 【付属品】特製クロス張りタトウ、黄布袋、吊金具、紐付き 写真は出来るだけ実物と近づけていますが どうしても差異が発生する事がありますのでご了承下さい。

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送料無料 野 月 上村松篁 絵画 版画 彩美版 【smtb-k】【ky】

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198,000

送料無料 野 月 上村松篁 絵画 版画 彩美版 【smtb-k】【ky】

作家名上村松篁 題 名野 月 S036 野 月 のづき 本図は松篁が描く秋の野の情景です。 ここに見られる銀の月光と秋草は、平安以来日本人に 愛でられてきた取り合わせです。 時としてどこか遠い記憶を呼び覚ますような銀は、 追憶の色として好まれてきました。 しかし、日本画の伝統である余白の美を追い求めた松篁は、 ここで銀よりも透明な光を放つプラチナ箔を用い、 より澄み切った秋の空気と月のさやけさを強く印象づけて います。 その光に照らされて、風に揺れる桔梗とススキの葉。 桔梗の葉茎の黒の滲みやぼかしで端正に描かれており、 対照的に花は青紫と白でくっきりと彩られています。 そこには派手さはなくとも凛とした情趣が溢れ、桔梗の 美しさを際立たせます。 解説文より抜粋 【 彩美版とは? 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原本の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 上村松篁 1902 美人画の巨匠・上村松園の長男として京都市に生まれる 1921 第3回帝展に初入選 1928 第9回帝展・特選入選 1930 京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)卒業 1933 帝展無監査となる 1949 京都市立美術専門学校教授となる 1953 外務省買上となりユーゴスラビア連邦共和国に寄贈される 1967 日本芸術院賞を授与される 1968 新宮殿千草の間に、宮内庁御用画を制作 1981 日本芸術院会員に推挙される 1983 文化功労者として顕彰される 1984 文化勲章を受章 2001 逝去 享年98 作家名上村松篁 題 名野 月 限 定200部 版 式彩美版...

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送料無料 後藤純男 大和・雪のしじま 絵画 版画 彩美版 シルクスクリーン【smtb-k】【ky】

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送料無料 後藤純男 大和・雪のしじま 絵画 版画 彩美版 シルクスクリーン【smtb-k】【ky】

大和・雪のしじま s066 荘厳なる古都の冬景色 本作「大和・雪のしじま」の舞台は、奈良・二上山麓に 在る当麻寺であるが、観る者を画中に誘うこの臨場感は どうだろう。 そこに広がるのは、後藤純男が描く静謐なる祈りの世界 だが、その静寂は単なる「静」に止まらない。 画面隅々に至るまで綿密な筆致で描き込まれた作品は、 雪降る奈良・当麻寺を訪れた画家の、神聖な風景の前に 佇んだ時の感動、喜び、畏れを語りかけてくる。 歴史を刻んできた寺院の、雪に覆われた壮麗な姿を仰ぎ 見る画家の視線は、画中で息吹、躍動感となり、画家が 我々の側に迫り出してくるような、とてつもない臨場感を 生むのである。 行定俊文(後藤純男美術館 館長)の解説より 【 彩美版とは 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された新時代の画期的な 技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、原本の持つ微妙な ニュアンスや作家の筆遣いといった絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 後藤純男 ごとうすみお 1930年千葉県東葛飾郡関宿町(現・野田市)の真言宗住職の家に生まれる。 1946年から山本丘人に師事。 1949年からは田中青臺に師事。 1952年再興第37回院展に初入選。 1988年高野山東京別院に襖絵を奉納。 1990年「法隆寺秘宝展」に「百済観音像」を出品、本尊として会場に安置される。 1993年奈良・真言宗豊山派総本山長谷寺に襖絵を奉納。 1995年パリ三越エトワールで個展開催。本作「秋の談山神社 多武峰」を制作。 1999年東京・高幡不動尊金剛寺に襖絵を奉納。 2012年「後藤純男美術館開館15周年記念 画業60年後藤純男展」 を横浜そごう美術館で開催。 日本美術院同人・理事...

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文化勲章授章 富永直樹 作品 干支作品 愛情 床の間 銅像 送料無料

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248,600

文化勲章授章 富永直樹 作品 干支作品 愛情 床の間 銅像 送料無料

作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 愛情 ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2)長崎県名誉県民となる。...

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文化勲章授章 199 床の間 銅像 送料無料

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作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 壽 ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2)長崎県名誉県民となる。 2006年...

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文化勲章授章 富永直樹 作品 干支作品 金羊 床の間 銅像 送料無料

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文化勲章授章 富永直樹 作品 干支作品 金羊 床の間 銅像 送料無料

作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 金羊 ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2)長崎県名誉県民となる。...

中島千波 四季の花がたり 4点セット 彩美版・シルクスクリーン

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中島千波 四季の花がたり 4点セット 彩美版・シルクスクリーン

■商品詳細 商品名:四季の花がたり 4点セット 作家名:中島千波 ■作家画歴 1945長野県に生まれる 1969東京芸術大学日本画科卒業 再興第54回院展に初出品・初入選 1979山種美術館賞展・優秀賞受賞 1984横の会結成に参加 1987NHK『今日の料理』の表紙絵を担当する(3年間) 1992長野県に『おぶせミュージアム・中島千波館』がオープン 1999『春日和』制作 2000東京芸術大学教授に就任 2013東京芸術大学を退任 個展をはじめ精力的に活躍中 ■商品説明 四季花4点セットです。 春:さくら 夏:向日葵 秋:秋桜花 冬:雪椿 毎年三月ともなると桜の開花が気になり始める。 今年はどこにスケッチに行こうかと地図を見ながら 計画を練るのが楽しみである。 中島画伯自作解説文 ※中島千波画伯による監修 作品の選定、色彩の仕上がりを始め、画伯自身が 厳しく監修した四季の版画セットです。 作品を引き立てるシンプルな額縁もこのセットの ために制作されたオリジナル仕様です。 多くの皆様に作品を楽しんでいただきたいという作者の意向により、 様々なスペースに飾りやすいよう小ぶりなサイズで 制作いたしました。 季節に合わせて作品を掛け替えてはいかがでしょうか。 正式認可の証として、作品一点ずつに承認の押された特装版 限定番号入り検印証書を額裏に貼付してお届けします。 ■四季の花がたり 4点セット 【絵寸】縦20.5cm×横25cm 【額寸】縦35cm×横39cm 【版式】彩美版・シルクスクリーン 【額縁】特製木製額ホワイトアッシュ材・アクリル付き 【重量】約1kg 【付属品】黄色袋・吊紐付き 限定:500部 作品については画面を見てご確認ください。 写真は出来るだけ実物と近づけていますがどうしても 差異が発生する事がありますのでご了承下さい。

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送料無料 後藤純男 秋の談山神社 多武峰 絵画 版画 彩美版 シルクスクリーン【smtb-k】【ky】

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秋の談山神社 多武峰 s061 本作に描かれた談山神社(たんざんじんじゃ)は、 奈良県桜井市の多武峰にあり、桜と紅葉の名所として 知られます。 藤原鎌足の長男・定慧和尚が塔より帰国後、 亡き父の墓を多武峰に移し、十三塔を建立したことが発祥です。 後の大宝元年(701年)に神殿が創設され、御神像が祀られました。 談山神社の名は、この地で大化の改新についての 話し合いがされたことから「談い山」「談所ヶ森」と 呼ばれたことに由来します。 【 彩美版とは 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された新時代の画期的な 技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、原本の持つ微妙な ニュアンスや作家の筆遣いといった絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 後藤純男 ごとうすみお 1930年千葉県東葛飾郡関宿町(現・野田市)の真言宗住職の家に生まれる。 1946年から山本丘人に師事。 1949年からは田中青臺に師事。 1952年再興第37回院展に初入選。 1988年高野山東京別院に襖絵を奉納。 1990年「法隆寺秘宝展」に「百済観音像」を出品、本尊として会場に安置される。 1993年奈良・真言宗豊山派総本山長谷寺に襖絵を奉納。 1995年パリ三越エトワールで個展開催。本作「秋の談山神社 多武峰」を制作。 1999年東京・高幡不動尊金剛寺に襖絵を奉納。 2012年「後藤純男美術館開館15周年記念 画業60年後藤純男展」 を横浜そごう美術館で開催。 日本美術院同人・理事・中国西安美術学院名誉教授。 作家名後藤純男 題 名秋の談山神社 多武峰 技 法彩美版・シルクスクリーン手刷り 本金泥を使用 用 紙かきた 限 定 500部 画面寸法天地:36.0×左右:72.5cm...

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文化勲章授章 富永直樹 作品 干支作品 金龍登天 床の間 銅像 送料無料

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作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 金龍登天 ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2)長崎県名誉県民となる。...

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文化勲章授章 2 床の間 銅像 送料無料

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作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 福牛 ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2)長崎県名誉県民となる。...

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作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 太陽に向かって走れ ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2...

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作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 寿愛 ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2)長崎県名誉県民となる。...

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小倉遊亀 おぐらゆき k240 夏 草 松尾芭蕉の有名な句から取られた画題の本作は、 大佛次郎の歴史エッセイ「義経の周囲」の挿絵として 描かれました。 中尊寺の秘仏『一字金輪佛頂尊』が、透明感溢れる 柔らかな色彩、繊細かつ大胆な筆遣いで描かれています。 日本芸術院賞受賞後の円熟期に描かれた正静謐な 菩薩像は、まさに小倉芸術の頂点と言えるでしょう。 金色の再現には一部本金泥を使用しています。 【 彩美版とは? 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原本の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1972 『瓶花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で 『没後十年小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 作家名小倉遊亀 題名夏 草 限 定 250部 証 明 著作権者承認印を奧付と画面右下部に押印 技 法 彩美版...

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■商品詳細 作品名:東山魁夷代表作十二選 作家名:東山 魁夷 ■作家履歴 明治41年 横浜に生まれる 大正15年 東京美術学校日本画科に入学、同級生に橋本明治、加藤栄三 山田申吾らがいた。在学中を通じ特待生に選ばれる 昭和6年 東京美術学校日本画科を卒業、 結城素明に師事し雅号を魁夷とする。 昭和8年 ドイツに留学する。ベルリン大学で美術史を学ぶ。 昭和22年 「残照」を描いて以来、風景画家として立つことを決意する。 昭和25年 はじめて日展審査員となる。 「道」によって画壇及び社会的に認められるようになる。 昭和31年 第11回日展出品作 「光昏」により、日本芸術院賞を受賞する。 昭和40年 日本芸術院会員に任命される。日展理事に就任する。 昭和43年 皇居新宮殿の大壁画「朝明けの潮」完成。 昭和44年 文化勲章受賞、文化功労者として顕彰される。 昭和51年 ドイツ連邦共和国功労大十字勲章受章。 昭和55年 唐招提寺壁画を完成。 昭和56年 東山魁夷展を東京国立近代美術館にて開催。 昭和57年 唐招提寺壁画展を東京・日本橋高島屋で開催。 国立国際美術館で東山魁夷展開催。 昭和58年 ミュンヘン・デュッセルドルフ・ブレーメンにてドイツ連邦共和国 東山魁夷展開催。 昭和61年 「朝雲 −吉野ー」 制作。 平成元年 ベルリン、ハンブルグ、ウィーンにて東山魁夷展開催。 平成2年 長野に東山魁夷館開館。 平成7年 米寿記念展開催。 平成11年 逝去。享年90歳。従三位勲一等瑞宝章を追贈される。 パリで東山魁夷展開催。 ■商品紹介 東山魁夷代表作十二選 限定部数480部の内 本書第82番 印刷 昭和52年10月26日 発行 昭和52年11月25日 当時の販売価格は380,000円 技法:カラーコロタイプ印刷 作品名及び作品サイズ 残照 ...

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作家 富永直樹 文化勲章授章 商品名 干支作品 寿福 ■作家履歴 1913年(大正2 )5月18日、長崎市に生まれる。本名を富永良雄という。 1938年(昭和13)東京美術学校彫刻科塑造部卒業。 1940年(昭和15)東京美術学校彫刻科研究科卒業。 1950年(昭和20)『殊勲者』第6回日展特選受賞。 1951年(昭和26)日展無鑑査出品。『山』第7回日展連続特選受賞。 1952年(昭和27)日展無鑑査出品。『主将』第8回日展連続特選受賞。『主将』文部省買上となる。 1953年(昭和28)第9回日展審査員となる。 1954年(昭和29)日展会員となる。 1962年(昭和37)日展評議員に就任する。 1968年(昭和43)『平和の叫び』第11回日展文部大臣賞受賞。 1970年(昭和45)改組第2回日展審査員となる。 1972年(昭和47)日本彫塑会理事に就任する。 『新風』改組第3回日展日本芸術院賞受賞。 『新風』日本芸術院買上となる。 『歌う子供達』(第2回日彫展出品作)東京都美術館買上となる。 1973年(昭和48)日展理事に就任する。 1974年(昭和49)日本芸術院会員に任命される。 1975年(昭和50)日展常務理事、日本彫塑会常務理事に就任する。 1977年(昭和52)日展事務局長に就任する。 1979年(昭和54)日展理事長に就任する(以後4年間)日展審査委員長に就任する。(第11・12・13・14回) 1981年(昭和56)金沢美術工芸大学客員教授となる。紺綬褒章を授与される。 1983年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和58)日展常務理事に就任する。 1984年(昭和59)勲三等瑞宝章受賞。文化功労者顕彰。 1989年(平成1年)文化勲章受賞。 1990年(平成2)長崎県名誉県民となる。...

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瓶花 小倉遊亀 おぐらゆき s057 小倉遊亀が愛蔵した古九谷の壺と、見事に咲いた紅白椿。 円熟期に描かれた珠玉の名画を、著作権者による 特別な許可のもとに複製。 本金箔を使用し、一枚ずつ手作業で制作しました 【 彩美版とは? 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原本の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1972 『瓶花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で 『没後十年小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 作家名小倉遊亀 題名瓶花 技法彩美版・シルクスクリーン手刷り 本金箔を使用 用紙かきた 限定200部 絵の寸法33.5×41.0cm 額縁の外寸法51.5×59.5cm 額縁の仕様特製木製額金泥仕上げ 裏面に壁吊り用金具・ひも 額縁の窓アクリル 装丁差し箱 重量約2.6kg 証明著作権者承認印を...

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