メチャ買いたい.comがお届けする、おすすめの「北村西望作品」検索結果。

北村西望作品の商品検索結果全78件中1~60件目

北村西望『聖観世音菩薩』

東京書芸館

95,143

北村西望『聖観世音菩薩』

■ブロンズ像 ■寸法(約):高さ25×幅8cm×奥行8cm、重さ1.5kg ■北村西望直筆の「洗心長寿」の複製色紙を無料贈呈 ■証書つき ■作家銘入り ■桐箱入り ■お届けに約1ヶ月。 ■送料は1点につき別途648円(税込)をお申し受けます。■まさに、見るほどに深く心を打つような、温かく崇高なご尊顔です。 どこか古仏を思わせる素朴なたたずまいですが、作者の人格の高さ、慈しみの心が、見るものの心に響いてくる稀有なご尊像。 本作品『聖観世音菩薩』の作者は、長崎平和公園の「平和祈念像」などの作品により、世界的に知られる巨匠・北村西望。 近代彫刻史上に燦然と輝くその作品は、今もなお私たちに深い感動を与えてやみません。 今回は、北村西望没後20周年記念として、巨匠の偉業を称え、 本作品を頒布する運びとなりました。 ■本作品は、104年という生涯を誠実に生きた偉大な芸術家・北村西望その人が、一個人として信仰し続けた観音様そのものが、 かけがえのないお姿として、見事に造形されています。 どのような気持ちで拝しても、深い安らぎの世界に導いていただけるような大悲大慈の御心を見事に表現。 ■西望独特の荒削りなタッチの彫りと、胸の瓔珞(ようらく)、 腕の臂釧(ひせん)、腕釧(わんせん)などの実に精緻な細部の対比の妙。 優美なご尊顔、天衣の流麗な曲線、裳のたゆたいが、堂々としたお姿と高い調和を示しています。 古色を帯びた深みある青銅の輝きも、 独特の落ち着いた魅力を作り上げています。 まさに、西望作品を代表する聖観世音菩薩です。 ■本作品『聖観世音菩薩』は、西望の原作に忠実なブロンズ像として、高度な鋳造技術により製作いたしました。 ご家庭のお仏壇に安置するご本尊として、優れた仏教美術作品として、代々伝えるべき家宝にふさわしい名作となっております。...

北村西望『不動明王』

東京書芸館

129,600

北村西望『不動明王』

西望のダイナミックで雄大な彫刻は、 高さ16.5cmの小座像とは思えない迫力! 玄関や部屋に安置していただくのに最適の大きさです。 ■原型をもとにブロンズにて緻密に制作。 「青銅色」の像に「金粉」を塗りこめ、 《金色の美》をかもし出します。 ■本体背面に【大慈無邊 西望】の刻印 (大慈無邊とは、御仏の慈愛は限りなく広大である、との意) ■黒の木製台座つき ■桐箱入り ■短冊『大慈無邊』(西望自筆の複製)つき ■寸法:高さ16.5×幅12.5×奥行8.5cm ■お届けは、約2週間後になります。 ■送料は1点につき別途648円(税込)をお申し受けます。北村西望 略歴 ■明治〜昭和の日本の彫刻界をリードした世界的芸術家。104歳まで制作に没頭した史上まれな巨匠として名高い。 ■明治17年、長崎県の仏教に篤い農家に生まれる。京都市立美術工芸学校(京都市立芸術大学)と東京美術学校(東京芸術大学)を首席卒業し、文展に初入選。36歳で帝国美術展審査員、38歳で東京美術学校教授就任。昭和3年、昭和大礼記念章受章。同10年に帝国美術院(現・日本美術院)会員、同13年に国会議事堂に作品「板垣退助」が設置され、同33年に文化勲章受章。皇居の新宮殿に名作「天馬」を制作、また皇太子(現在の天皇)ご夫妻がアトリエを視察される栄に浴す。日本芸術院第一部長、日展会長・名誉会長、日本彫塑会名誉会長など要職を務める。老いてもかくしゃくと制作に専念するも、昭和62年、104歳の天寿を全うした。

北村西望『知恩』■新品★

アート明日香

158,760

北村西望『知恩』■新品★

商品の詳細 作家名 北村西望 作品名 知恩 技法 ブロンズ像 外径サイズ 高さ:22×幅:23 cm 作品サイズ − 補足説明 銅製 状態 新品 付属品 木製石台付 桐箱 エディション ◆ 北村 西望(Seibou Kitamura)◆1884 12月16日、長崎県南高来郡南有馬村白木野字宮野木場に生まれる。1903 京都市立美術工芸学校彫刻科入学。 彫刻とは、木を彫ることぐらいしか頭にないまま彫刻家への志を立てる。 生涯の最愛の友であり、ライバルである建畠大夢と出会う。1912 東京美術学校彫刻科を主席で卒業。1914 郷里にて結婚式を挙げ東京へ戻る。1915 西望の長男「治禧」(はるよし)誕生。 第九回文展に「怒涛」を出品、最高賞(二等賞)を受賞。1916 第十回文展に「晩鐘」を出品、特選主席を受ける。 建畠大夢・池田勇八・国方林三ら4名で研究会「八手会」(やつで)を結成。1917 「光にうたれる悪魔」が第十一回文展推薦となる。文展常連出品者から文展作家となる。1919 第一回帝国美術院美術展覧会彫刻部審査員となる。以後歴任。1921 東京美術学校教授に任命される。千々石村に橘中佐像建てられる。(1954年復活建立)1923 寺内元帥騎馬像完成、東京の三宅坂に設置。(1943年の銅像供出で撤去され鋳潰される。)1925 帝国美術院会員となる。1930 山県有朋元帥像が完成し、霞ヶ関の陸軍大臣官邸に置かれる。 (戦時中の供出を逃れ上野に移され、現在は井の頭彫刻園に置いてある。)1938 「板倉退助翁」像完成・国会議事堂内に設置。 児玉源太郎大将騎馬像完成し、満州の新京児玉公園に設置される。1944 朝倉文夫と共に銅像救出委員会を組織。銅像供出の阻止運動を行う。 東京美術学校を退職・従三位勲四等を受ける...

北村西望『猛進』■新品★

アート明日香

39,960

北村西望『猛進』■新品★

商品の詳細 作家名 北村西望 作品名 猛進 技法 ブロンズ像 外径サイズ 高:9×幅:20×奥行:8 cm 作品サイズ − 補足説明 銅製 作家刻サイン入り 状態 新品 付属品 塗板・墨署桐箱付 エディション 躍動感溢れる猪の姿をブロンズで表現した名作です。猪は、古来より、豊作を司る田の神の使いとされてきました。多産で生命力があり、あらゆる災厄をものともせず、成功に向かって「猪突猛進」すると言い伝えられる吉祥動物です。美術品としての価値はもちろんのこと、干支飾りとしてもお愉しみ頂ける縁起の良い逸品で、小振りなサイズですので、常に身近に飾り運気隆盛を祈念しつつ、ご鑑賞ください。◆ 北村 西望(Seibou Kitamura)◆1884 12月16日、長崎県南高来郡南有馬村白木野字宮野木場に生まれる。1903 京都市立美術工芸学校彫刻科入学。 彫刻とは、木を彫ることぐらいしか頭にないまま彫刻家への志を立てる。 生涯の最愛の友であり、ライバルである建畠大夢と出会う。1912 東京美術学校彫刻科を主席で卒業。1914 郷里にて結婚式を挙げ東京へ戻る。1915 西望の長男「治禧」(はるよし)誕生。 第九回文展に「怒涛」を出品、最高賞(二等賞)を受賞。1916 第十回文展に「晩鐘」を出品、特選主席を受ける。 建畠大夢・池田勇八・国方林三ら4名で研究会「八手会」(やつで)を結成。1917 「光にうたれる悪魔」が第十一回文展推薦となる。文展常連出品者から文展作家となる。1919 第一回帝国美術院美術展覧会彫刻部審査員となる。以後歴任。1921 東京美術学校教授に任命される。千々石村に橘中佐像建てられる。(1954年復活建立)1923 寺内元帥騎馬像完成、東京の三宅坂に設置。(1943年の銅像供出で撤去され鋳潰される。...

北村西望『躍進』■新品★

アート明日香

162,000

北村西望『躍進』■新品★

商品の詳細 作家名 北村西望 作品名 躍進 技法 ブロンズ像 外径サイズ 高さ:35×幅:35×奥行:10 cm 作品サイズ − 補足説明 銅製・金青銅 状態 新品 付属品 木製石台付 桐箱 エディション ◆ 北村 西望(Seibou Kitamura) ◆1884 12月16日、長崎県南高来郡南有馬村白木野字宮野木場に生まれる。1903 京都市立美術工芸学校彫刻科入学。 彫刻とは、木を彫ることぐらいしか頭にないまま彫刻家への志を立てる。 生涯の最愛の友であり、ライバルである建畠大夢と出会う。1912 東京美術学校彫刻科を主席で卒業。1914 郷里にて結婚式を挙げ東京へ戻る。1915 西望の長男「治禧」(はるよし)誕生。 第九回文展に「怒涛」を出品、最高賞(二等賞)を受賞。1916 第十回文展に「晩鐘」を出品、特選主席を受ける。 建畠大夢・池田勇八・国方林三ら4名で研究会「八手会」(やつで)を結成。1917 「光にうたれる悪魔」が第十一回文展推薦となる。文展常連出品者から文展作家となる。1919 第一回帝国美術院美術展覧会彫刻部審査員となる。以後歴任。1921 東京美術学校教授に任命される。千々石村に橘中佐像建てられる。(1954年復活建立)1923 寺内元帥騎馬像完成、東京の三宅坂に設置。(1943年の銅像供出で撤去され鋳潰される。)1925 帝国美術院会員となる。1930 山県有朋元帥像が完成し、霞ヶ関の陸軍大臣官邸に置かれる。 (戦時中の供出を逃れ上野に移され、現在は井の頭彫刻園に置いてある。)1938 「板倉退助翁」像完成・国会議事堂内に設置。 児玉源太郎大将騎馬像完成し、満州の新京児玉公園に設置される。1944 朝倉文夫と共に銅像救出委員会を組織。銅像供出の阻止運動を行う。 東京美術学校を退職...

北村西望『優風』■新品★

アート明日香

172,800

北村西望『優風』■新品★

商品の詳細 作家名 北村西望 作品名 優風 技法 ブロンズ像 外径サイズ 高さ:14×幅:23×奥行:11 cm 作品サイズ − 補足説明 銅製 状態 新品 付属品 木製石台付 桐箱 エディション ◆ 北村 西望(Seibou Kitamura)◆1884 12月16日、長崎県南高来郡南有馬村白木野字宮野木場に生まれる。1903 京都市立美術工芸学校彫刻科入学。 彫刻とは、木を彫ることぐらいしか頭にないまま彫刻家への志を立てる。 生涯の最愛の友であり、ライバルである建畠大夢と出会う。1912 東京美術学校彫刻科を主席で卒業。1914 郷里にて結婚式を挙げ東京へ戻る。1915 西望の長男「治禧」(はるよし)誕生。 第九回文展に「怒涛」を出品、最高賞(二等賞)を受賞。1916 第十回文展に「晩鐘」を出品、特選主席を受ける。 建畠大夢・池田勇八・国方林三ら4名で研究会「八手会」(やつで)を結成。1917 「光にうたれる悪魔」が第十一回文展推薦となる。文展常連出品者から文展作家となる。1919 第一回帝国美術院美術展覧会彫刻部審査員となる。以後歴任。1921 東京美術学校教授に任命される。千々石村に橘中佐像建てられる。(1954年復活建立)1923 寺内元帥騎馬像完成、東京の三宅坂に設置。(1943年の銅像供出で撤去され鋳潰される。)1925 帝国美術院会員となる。1930 山県有朋元帥像が完成し、霞ヶ関の陸軍大臣官邸に置かれる。 (戦時中の供出を逃れ上野に移され、現在は井の頭彫刻園に置いてある。)1938 「板倉退助翁」像完成・国会議事堂内に設置。 児玉源太郎大将騎馬像完成し、満州の新京児玉公園に設置される。1944 朝倉文夫と共に銅像救出委員会を組織。銅像供出の阻止運動を行う。 東京美術学校を退職...

北村西望『悠風』■新品★

アート明日香

205,200

北村西望『悠風』■新品★

商品の詳細 作家名 北村西望 作品名 悠風 技法 ブロンズ像 外径サイズ 高さ:19×幅:36×奥行:19 cm 作品サイズ − 補足説明 銅製 状態 新品 付属品 塗板付 桐箱 エディション ◆ 北村 西望(Seibou Kitamura)◆1884 12月16日、長崎県南高来郡南有馬村白木野字宮野木場に生まれる。1903 京都市立美術工芸学校彫刻科入学。 彫刻とは、木を彫ることぐらいしか頭にないまま彫刻家への志を立てる。 生涯の最愛の友であり、ライバルである建畠大夢と出会う。1912 東京美術学校彫刻科を主席で卒業。1914 郷里にて結婚式を挙げ東京へ戻る。1915 西望の長男「治禧」(はるよし)誕生。 第九回文展に「怒涛」を出品、最高賞(二等賞)を受賞。1916 第十回文展に「晩鐘」を出品、特選主席を受ける。 建畠大夢・池田勇八・国方林三ら4名で研究会「八手会」(やつで)を結成。1917 「光にうたれる悪魔」が第十一回文展推薦となる。文展常連出品者から文展作家となる。1919 第一回帝国美術院美術展覧会彫刻部審査員となる。以後歴任。1921 東京美術学校教授に任命される。千々石村に橘中佐像建てられる。(1954年復活建立)1923 寺内元帥騎馬像完成、東京の三宅坂に設置。(1943年の銅像供出で撤去され鋳潰される。)1925 帝国美術院会員となる。1930 山県有朋元帥像が完成し、霞ヶ関の陸軍大臣官邸に置かれる。 (戦時中の供出を逃れ上野に移され、現在は井の頭彫刻園に置いてある。)1938 「板倉退助翁」像完成・国会議事堂内に設置。 児玉源太郎大将騎馬像完成し、満州の新京児玉公園に設置される。1944 朝倉文夫と共に銅像救出委員会を組織。銅像供出の阻止運動を行う。 東京美術学校を退職...

北村西望『浴光・申』■新品★

アート明日香

172,800

北村西望『浴光・申』■新品★

商品の詳細 作家名 北村西望 作品名 浴光・申 技法 ブロンズ像 外径サイズ 高さ:16×幅:21×奥行:15 cm 作品サイズ − 補足説明 銅製 状態 新品 付属品 木製石台付 桐箱 エディション ◆ 北村 西望(Seibou Kitamura)◆1884 12月16日、長崎県南高来郡南有馬村白木野字宮野木場に生まれる。1903 京都市立美術工芸学校彫刻科入学。 彫刻とは、木を彫ることぐらいしか頭にないまま彫刻家への志を立てる。 生涯の最愛の友であり、ライバルである建畠大夢と出会う。1912 東京美術学校彫刻科を主席で卒業。1914 郷里にて結婚式を挙げ東京へ戻る。1915 西望の長男「治禧」(はるよし)誕生。 第九回文展に「怒涛」を出品、最高賞(二等賞)を受賞。1916 第十回文展に「晩鐘」を出品、特選主席を受ける。 建畠大夢・池田勇八・国方林三ら4名で研究会「八手会」(やつで)を結成。1917 「光にうたれる悪魔」が第十一回文展推薦となる。文展常連出品者から文展作家となる。1919 第一回帝国美術院美術展覧会彫刻部審査員となる。以後歴任。1921 東京美術学校教授に任命される。千々石村に橘中佐像建てられる。(1954年復活建立)1923 寺内元帥騎馬像完成、東京の三宅坂に設置。(1943年の銅像供出で撤去され鋳潰される。)1925 帝国美術院会員となる。1930 山県有朋元帥像が完成し、霞ヶ関の陸軍大臣官邸に置かれる。 (戦時中の供出を逃れ上野に移され、現在は井の頭彫刻園に置いてある。)1938 「板倉退助翁」像完成・国会議事堂内に設置。 児玉源太郎大将騎馬像完成し、満州の新京児玉公園に設置される。1944 朝倉文夫と共に銅像救出委員会を組織。銅像供出の阻止運動を行う。 東京美術学校を退職...

北村西望『将軍の孫』■新品★

アート明日香

189,000

北村西望『将軍の孫』■新品★

商品の詳細 作家名 北村西望 作品名 将軍の孫 技法 ブロンズ像 外径サイズ 高さ:33×幅:18×奥:13 cm 作品サイズ − 補足説明 銅製 状態 新品 付属品 木製石台付 桐箱 エディション ◆ 北村 西望(Seibou Kitamura) ◆1884 12月16日、長崎県南高来郡南有馬村白木野字宮野木場に生まれる。1903 京都市立美術工芸学校彫刻科入学。 彫刻とは、木を彫ることぐらいしか頭にないまま彫刻家への志を立てる。 生涯の最愛の友であり、ライバルである建畠大夢と出会う。1912 東京美術学校彫刻科を主席で卒業。1914 郷里にて結婚式を挙げ東京へ戻る。1915 西望の長男「治禧」(はるよし)誕生。 第九回文展に「怒涛」を出品、最高賞(二等賞)を受賞。1916 第十回文展に「晩鐘」を出品、特選主席を受ける。 建畠大夢・池田勇八・国方林三ら4名で研究会「八手会」(やつで)を結成。1917 「光にうたれる悪魔」が第十一回文展推薦となる。文展常連出品者から文展作家となる。1919 第一回帝国美術院美術展覧会彫刻部審査員となる。以後歴任。1921 東京美術学校教授に任命される。千々石村に橘中佐像建てられる。(1954年復活建立)1923 寺内元帥騎馬像完成、東京の三宅坂に設置。(1943年の銅像供出で撤去され鋳潰される。)1925 帝国美術院会員となる。1930 山県有朋元帥像が完成し、霞ヶ関の陸軍大臣官邸に置かれる。 (戦時中の供出を逃れ上野に移され、現在は井の頭彫刻園に置いてある。)1938 「板倉退助翁」像完成・国会議事堂内に設置。 児玉源太郎大将騎馬像完成し、満州の新京児玉公園に設置される。1944 朝倉文夫と共に銅像救出委員会を組織。銅像供出の阻止運動を行う。 東京美術学校を退職...

北村西望 ブロンズ『一瀉千里』【通販・販売】

東京書芸館

216,000

北村西望 ブロンズ『一瀉千里』【通販・販売】

■材質:ブロンズ ■寸法(約):高さ19.5×幅38×奥行21cm、重さ5.2kg(台座込み) ■作者直筆色紙(複製)進呈 ■桐箱つき ■お届けは受注から約1ヵ月後。 ■発送手数料は商品1点につき648円(税込)をお申し受けます。 「彫刻・ブロンズ」商品一覧にもどる北村西望 ブロンズ『一瀉千里』 日本彫刻史に燦然たる功績を残した巨匠が、 齢102にして発表した傑作 ■本作『一瀉千里』は、長崎の平和祈念像の制作者として知られ、文化勲章も受章した日本屈指の彫刻家、北村西望氏の作品。驚くなかれ、御年(おんとし)102にして世に送り出した、最晩年の彫像の傑作です。 大理石天板木製台と桐箱、 作者直筆の色紙(複写)つき ■他の追随を許さない卓抜の彫技によって生み出された虎の威風堂々たる姿は躍動感にあふれ、今にも動きだしそうな大迫力。虎は十二支が成立する遥か以前から、畏(おそ)れる動物として神秘的な存在とされてきました。物事の始まりを象徴し、その力強いイメージから勇気や武勇などの意味を持ち、あらゆる災厄を退散させると伝えられます。 なお、「一瀉千里」の「瀉(しゃ)」は水が勢いよく流れる様子を表し、一気に「千里」を走る、すなわち物事の進み方が非常に速くうまくいくこと、また俊敏な活動力を意味します。 作者銘入り ■日展会長、日本彫塑会名誉会長などの要職を歴任し、近代彫刻史上に不滅の功績を残した世界的芸術家が手掛けた本作こそ、次世代に受け継ぐべき、無上の価値を置く傑作です。 ご尊家の格式をいっそう高める芸術作品としてはもちろん、ご尊家の厄を祓い、福を呼び寄せる吉祥芸術としても末長くお飾りいただけます。またとないこの機会にぜひご所蔵になり、西望芸術の真髄に触れてください。桐箱入り、色紙つきです。 現代彫刻界の父 北村西望 略歴 明治17年、長崎県生まれ...

北村西望『瑞祥(辰)』■新品★

アート明日香

97,200

北村西望『瑞祥(辰)』■新品★

商品の詳細 作家名 北村西望 作品名 瑞祥(辰) 技法 ブロンズ像 外径サイズ 高さ:16×幅:28×奥行6 cm 作品サイズ − 補足説明 銅製 状態 新品 付属品 塗板付 桐箱 エディション ◆ 北村 西望(Seibou Kitamura) ◆1884 12月16日、長崎県南高来郡南有馬村白木野字宮野木場に生まれる。1903 京都市立美術工芸学校彫刻科入学。 彫刻とは、木を彫ることぐらいしか頭にないまま彫刻家への志を立てる。 生涯の最愛の友であり、ライバルである建畠大夢と出会う。1912 東京美術学校彫刻科を主席で卒業。1914 郷里にて結婚式を挙げ東京へ戻る。1915 西望の長男「治禧」(はるよし)誕生。 第九回文展に「怒涛」を出品、最高賞(二等賞)を受賞。1916 第十回文展に「晩鐘」を出品、特選主席を受ける。 建畠大夢・池田勇八・国方林三ら4名で研究会「八手会」(やつで)を結成。1917 「光にうたれる悪魔」が第十一回文展推薦となる。文展常連出品者から文展作家となる。1919 第一回帝国美術院美術展覧会彫刻部審査員となる。以後歴任。1921 東京美術学校教授に任命される。千々石村に橘中佐像建てられる。(1954年復活建立)1923 寺内元帥騎馬像完成、東京の三宅坂に設置。(1943年の銅像供出で撤去され鋳潰される。)1925 帝国美術院会員となる。1930 山県有朋元帥像が完成し、霞ヶ関の陸軍大臣官邸に置かれる。 (戦時中の供出を逃れ上野に移され、現在は井の頭彫刻園に置いてある。)1938 「板倉退助翁」像完成・国会議事堂内に設置。 児玉源太郎大将騎馬像完成し、満州の新京児玉公園に設置される。1944 朝倉文夫と共に銅像救出委員会を組織。銅像供出の阻止運動を行う。 東京美術学校を退職...

北村西望『将軍の孫(小)』■新品★

アート明日香

92,880

北村西望『将軍の孫(小)』■新品★

商品の詳細 作家名 北村西望 作品名 将軍の孫(小) 技法 ブロンズ像 外径サイズ 高さ:13.5×幅:10 cm 作品サイズ − 補足説明 銅製 状態 新品 付属品 塗板付 桐箱 エディション ◆ 北村 西望(Seibou Kitamura)◆1884 12月16日、長崎県南高来郡南有馬村白木野字宮野木場に生まれる。1903 京都市立美術工芸学校彫刻科入学。 彫刻とは、木を彫ることぐらいしか頭にないまま彫刻家への志を立てる。 生涯の最愛の友であり、ライバルである建畠大夢と出会う。1912 東京美術学校彫刻科を主席で卒業。1914 郷里にて結婚式を挙げ東京へ戻る。1915 西望の長男「治禧」(はるよし)誕生。 第九回文展に「怒涛」を出品、最高賞(二等賞)を受賞。1916 第十回文展に「晩鐘」を出品、特選主席を受ける。 建畠大夢・池田勇八・国方林三ら4名で研究会「八手会」(やつで)を結成。1917 「光にうたれる悪魔」が第十一回文展推薦となる。文展常連出品者から文展作家となる。1919 第一回帝国美術院美術展覧会彫刻部審査員となる。以後歴任。1921 東京美術学校教授に任命される。千々石村に橘中佐像建てられる。(1954年復活建立)1923 寺内元帥騎馬像完成、東京の三宅坂に設置。(1943年の銅像供出で撤去され鋳潰される。)1925 帝国美術院会員となる。1930 山県有朋元帥像が完成し、霞ヶ関の陸軍大臣官邸に置かれる。 (戦時中の供出を逃れ上野に移され、現在は井の頭彫刻園に置いてある。)1938 「板倉退助翁」像完成・国会議事堂内に設置。 児玉源太郎大将騎馬像完成し、満州の新京児玉公園に設置される。1944 朝倉文夫と共に銅像救出委員会を組織。銅像供出の阻止運動を行う。 東京美術学校を退職...

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