メチャ買いたい.comがお届けする、おすすめの「絵」検索結果。

絵の商品検索結果全4件中1~4件目

〇【茶器/茶道具 短冊画賛】 直筆 放下着 小堀良實筆 大津絵 鬼の画

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

4,259

〇【茶器/茶道具 短冊画賛】 直筆 放下着 小堀良實筆 大津絵 鬼の画

直筆 サイズ広巾:約縦36.3×横7.5cm 箱たとう紙 作者小堀良實筆 注意メール便不可 (R5/輪野中・4400)〇5325 【コンビニ受取対応商品】放下着ほうげじゃく 「放下ほうげ」とは、投げ捨てる、放り出す、捨て切るの意です。「著じゃく」は命令の助辞じょじで、放下の意を強めるために用います。「放下著」、すなわち煩悩妄想はいうに及ばず、仏や悟りまでも捨て去る、すべての執着を捨て去れ、すべてを放下せよという事。 【小堀良實(りょうじつ)】寶林寺 山号を曹渓山 大徳寺派 (臨済宗) 1972年昭和47年 京都市:大徳寺:弧蓬庵の次男に生 1996年平成08年 花園大学卒業 博多 崇福寺専門道場にて修行 2004年平成16年 寶林寺住職 ------------------------------ 【寶林寺】 京都 紫野 臨済宗大本山 大徳寺派に属する 寶林寺 山号を曹渓山は 禅宗の祖と言われる達磨大師より、6代目慧能禅師が、この地に来りて、仏法を解きて以来、禅の宗風喩々隆盛となる。開山、春嶺紹温禅師(大灯国師より204世)は寛文年間亀岡の地に来りて創建し、曹渓山寶林寺と名付けられた。 山内には、重要文化財(旧国宝)の薬師・阿弥陀・釈迦の三如来の仏像と九重石塔婆等があります。

こちらの関連商品はいかがですか?

【中古】【茶器/茶道具 竹籠花入(竹篭花入) 掛用】 瓢掛花入 即中斎好 久田付 轡昭竹斎作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

115,500

【中古】【茶器/茶道具 竹籠花入(竹篭花入) 掛用】 瓢掛花入 即中斎好 久田付 轡昭竹斎作

サイズ約直径(下)13.8(上9.4)×高21.4cm 作者轡昭竹斎作(籠底に作者印有り) 久田宗匠付 素材おとし:竹製 箱木箱 仕様掛け花入れ(掛花入れ) 注意手作り品のため多少サイズは異なります。 当店の古い在庫品 株式会社竹芸有馬籠くつわ (惺斎写の江の島さざえ籠にやや似ている) (・188000) 【コンビニ受取対応商品】当店の古い在庫商品 【4代目 轡昭竹斎(本名 幸男)】株式会社竹芸有馬籠くつわ 有馬籠作者で、現在、四代目を筆頭に、当工房の職人のみが、伝統的な技術を引きつぎ製造しています。 --------------------------------------------------- 発祥は安土桃山時代 京都の東本願寺に所蔵されている「顕如上人貝塚御座所日記」より。 天正13年1585年9月13日 有馬に入湯した顕如上人が、豊臣秀吉公の正室 北政所(寧々)に有馬籠を贈ったとされています。 その後、江戸時代に著名な名産品として様々な書物で紹介された有馬籠は、明治6年にオーストリアで開催されたウィーン万国博覧会に出品し優秀賞を受賞しました。 大正時代の全盛期には従業者が70名余りに達し、「籠屋町」という町を形成したほどでした。 この頃、現在竹細工が盛んな九州の別府へも有馬籠の籠師が出向き、竹細工の技法や技術などを伝えたとされています。 945年頃には、安価で大量生産できるプラスチック製品が出回ったことや、第二次世界大戦の影響で従事者が著しく減少したこと、経済成長の中で後継者が不足したこと、などが原因となり、次第に衰退してしまいました。

【茶器/茶道具 蓋置】 鉄釉 竹節 真葛香斎作(宮川香斎作)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

42,900

【茶器/茶道具 蓋置】 鉄釉 竹節 真葛香斎作(宮川香斎作)

サイズ約直径5.3×高5.1cm 作者真葛香斎作(宮川香斎作) 箱木箱 (野目大・52800) 【コンビニ受取対応商品】2代 真葛香斎 5代 宮川香斎 【真葛焼】 【宮川香山 (本名:虎之助)】 1842年宮川香山は京都府真葛原に生まれる1916年75才没 明治時代の日本を代表する陶芸家・陶工です。 高浮彫 真葛焼きの創始者。 1866年慶応02年 幕府から御所献納の品を依頼される名工に。 1870年明治03年 薩摩の御用商人梅田半之助、実業家鈴木保兵衛らに招聘される。 1871年明治04年 横浜に輸出向けの陶磁器を作る工房・真葛釜を開く。 1876年明治09年 高浮彫で作られた真葛焼きはフィラデルフィア万国博覧会に出品される。 【2代 宮川香山 初代の子(本名 宮川半之助】 【3代 香斎】 【4代 宮川香斎(初代 真葛香斎)】 2代 宮川香斎の次男 1897年明治30年〜1987年昭和62年 1913年大正02年 4代 宮川香斎を襲名 1929年昭和04年 11代 久田家 無適斎宗也に入門 1934年昭和09年 無適斎宗也より「真葛焼」の箱書を授かって「真葛香斎」を名乗る。 【2代 真葛香斎 5代 宮川香斎】 1992年大正11年 東京生まれ 1946年昭和21年 国立陶磁器試験所に伝修生で入 1969年昭和44年 4代 香斎に婿養子に入る 1972年昭和47年 5代 宮川香斎を襲名、同時に13代 表千家 即中斎宗左宗匠より真葛印を拝領。2代真葛香斎を襲名 師 4代 宮川香斎、5代 清水六兵衛氏 【3代 真葛香斎 6代 宮川香斎】 1944年昭和19年 京都市に生れる 1970年昭和45年 東京造形大学美術学部彫刻専攻卒業 1976年昭和51年 京都の真葛窯に入り、以後5代目宮川香齋の補佐をする...

【茶器/茶道具 蓋置】 栄螺 川瀬表完作 木箱

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

40,645

【茶器/茶道具 蓋置】 栄螺 川瀬表完作 木箱

サイズ約横幅7.6×奥6.5×高4.5cm 作者川瀬表完作 箱木箱 (ウ・49900) 【コンビニ受取対応商品】【初代 表完(本名 敏太郎)】 京都の塗師 1904年明治37年〜1969年昭和44年 江戸末期、木村表斎を祖師とする京塗りの「表派」の技法を祖父 千太郎より継承する。 表派の技法を伝承する初代 鈴木表朔(2代 表斎)に師事し、本堅地・溜塗・布摺・木地溜塗など正統な塗技法を受け継ぎ、初代 表完を名乗る。 初代没後、長男 厚(1933〜2007)と次男 功(1937〜)が共に表完を襲名し、表完工房を設ける。 【2代 川瀬表完(本名 功)】 祖父 千太郎、父 敏太郎(初代 表完)より継承し京塗師2代表完そして京漆器の制作に従事。 1937年昭和12年生まれ 京漆器伝統工芸士 京都府優秀技術者(京の名工) 【3代 川瀬表完(本名 川瀬 厚)】雅号 2代 東山表完 1933年昭和08年 初代表完の長男として京都に生まれる 1993年平成05年 伊勢神宮式年御遷宮に際し御神宝復元従事通産省 京都府「京の名工」 厚生労働大臣 「現代の名工」受彰日本伝統工芸士会幹事歴任 京都伝統工芸大学校京塗教授 日展会友 1995年平成07年 他界 伝統の京塗技法を継承しながらも、新素材などを用いた新しい漆芸の制作に着手するなど 現代に合わせた独創的な活動をする 【当代 川瀬表完(本名 川瀬 正)】雅号 3代 東山表完 1964年昭和39年 アメリカ サンフランシスコ生 京都育ち 1980年昭和55年 夜間高校に通学しながら父二代東山表完(厚)に師事 1981年昭和56年 京都市工業試験場 漆塗りか卒(主任講師 京塗師山根正春先生) 1985年昭和60年 京都市工業試験場 マキエか卒(主任講師 漆芸家水内恭平先生)...

【煎茶道具 煎茶器】 煎茶器セット 萩焼き ビワ萩焼き又は姫萩焼き 深川本窯(田原陶兵衛窯) (湯のみ6客・宝瓶(急須)・湯冷し) 2種類より選択

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

46,750

【煎茶道具 煎茶器】 煎茶器セット 萩焼き ビワ萩焼き又は姫萩焼き 深川本窯(田原陶兵衛窯) (湯のみ6客・宝瓶(急須)・湯冷し) 2種類より選択

セット内容宝瓶(急須)・湯のみ(6客組)湯冷まし サイズ宝瓶急須:約直径7.8×高7.6cm 湯のみ:約直径6.2×高4.8cm 湯冷まし:約幅11×奥7.3×高4.9cm 作者深川本窯(田原陶兵衛窯) 箱木箱 (ス輪サ西・59400) 【コンビニ受取対応商品】萩焼は、文禄・慶長の役後の江戸時代初期、毛利藩の保護のもとで、李敬(坂高麗左衛門)と李勺光(坂倉新兵衛)の、李朝の陶工達により現在の山口県萩市松本に開窯され、後に長門市深川等に伝えられる。 萩茶碗は、日本人の侘び茶にかない、萩の七バケといわれ、茶人に愛された。 主原料である山口県内防府市大道産の白色粘土との相性が良かった。 現在も松本萩(御用窯)・深川萩と伝承されています。 【12代 田原陶兵衛】 1925年大正14年 山口県長門市に生まれる。 1944年昭和19年 旧制山口高等学校在学中に召集を受けて満州に渡る。 1945年昭和20年 シベリアに抑留される。 1948年昭和23年 抑留先のシベリアから復員後、長兄11代田原陶兵衛に後継者不在の為家業を継承。 1956年昭和31年 12代田原陶兵衛を襲名。 1972年昭和47年 日本工芸会正会員。 1981年昭和56年 山口県の無形文化財保持者に認定。 1991年平成03年9月27日没。66歳没。 【13代 田原陶兵衛(本名 謙次)】 1951年昭和26年 生まれ - 現在当主。12代の長男。 中里重利に師事。 1992年平成04 父の死去により13代を襲名。 日本工芸会正会員

【茶器/茶道具 水指(水差し) 細水指】 中置 黄交趾焼き 七宝紋 赤沢露石作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

91,630

【茶器/茶道具 水指(水差し) 細水指】 中置 黄交趾焼き 七宝紋 赤沢露石作

サイズ約直径12.5×(蓋除21.2)全高23cm 作者赤沢露石作 箱木箱 (限定大・216000) 【コンビニ受取対応商品】【初代 赤沢華峯(赤沢元次郎)】 田能村直入に南画を習う 五条坂において画の指導を行う。のちに転じて陶芸に携わる 【2代 赤沢露石(赤沢修三)】初代元次郎の子 華峯の跡を継ぎ、露石と号し、陶芸に携わる 昭和18年に技術保存認定を交趾焼の作品により認定。 京都伝統作家協会の設立に携わり、同協会会員となる。 【3代 赤沢露石(赤沢静尾)】2代 修三の妻 若くより茶の湯に親しみ、家業を助ける 京都伝統作家協会会員 【4代 赤沢露石(赤沢正中)】2代 修三の孫 昭和16年生れ 昭和56年 日本橋三越本店・京都大丸等 各地で個展 昭和59年 京都大丸「現代の陶芸百人香炉 名品展」出品 昭和63年 交趾焼四代露石襲名する 平成19年 京都高島屋にて「京都伝統陶芸家 協会50周年記念展」出品 線文様をモチーフにした、近代的な交趾焼により日本工芸会正会員となる 京都伝統作家協会会員。 日本陶芸展第1回、第2回展入選 水指(水器)-釜に補給する水や茶碗・茶筌などをすすぐための水を貯えておく器物 炉・風炉の火の陽の対して水指の水を陰とします。 台子皆具の水指は本来唐物に始まり点前作法の変遷とともに皆具からはなれ銅の水指についで南蛮や国焼の備前・信楽・楽焼や京焼などの焼き物が用いられ、さらに木地釣瓶や曲などの新しい素材や形が造られた。

【茶器/茶道具 銘付茶杓】 しぼ竹 銘「清流」 舟形茶筒入 小堀良實筆 海野宗泰作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

18,370

【茶器/茶道具 銘付茶杓】 しぼ竹 銘「清流」 舟形茶筒入 小堀良實筆 海野宗泰作

作者小堀良實筆 茶杓師:海野宗泰作 素材しぼ竹 箱木箱 (R01/2-3申丸リ・22575) 【コンビニ受取対応商品】清流せいりゅう 水の清らかに澄んだ流れ。澄んだ水の流れ。 【小堀良實(りょうじつ)】寶林寺 山号を曹渓山 大徳寺派 (臨済宗) 1972年昭和47年 京都市:大徳寺:弧蓬庵の次男に生 1996年平成08年 花園大学卒業 博多 崇福寺専門道場にて修行 2004年平成16年 寶林寺住職 ------------------------------ 【寶林寺】 京都 紫野 臨済宗大本山 大徳寺派に属する 寶林寺 山号を曹渓山は 禅宗の祖と言われる達磨大師より、6代目慧能禅師が、この地に来りて、仏法を解きて以来、禅の宗風喩々隆盛となる。開山、春嶺紹温禅師(大灯国師より204世)は寛文年間亀岡の地に来りて創建し、曹渓山寶林寺と名付けられた。 山内には、重要文化財(旧国宝)の薬師・阿弥陀・釈迦の三如来の仏像と九重石塔婆等があります。 ------------------------------ 【海野宗泰】 1947年昭和22年08月 京都に生 1964年昭和39年 師 竹器師高野宗陵と出会う 1966年昭和41年 伏見工業高等学校工芸科を卒業後、竹工芸の 勉強を始める 1970年昭和45年 号 宗秦を拝名

【茶器/茶道具 なつめ(お薄器)】 独楽棗 尋牛斎付(久田宗也) 高桑泉斎作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

103,653

【茶器/茶道具 なつめ(お薄器)】 独楽棗 尋牛斎付(久田宗也) 高桑泉斎作

サイズ約直径6.9×高7cm 作者高桑泉斎作尋牛斎付 箱木箱 注意自然の木を使用している為、木目色合いが異なる場合があります。 (申棒り)(・188460) 【コンビニ受取対応商品】【高桑泉斎】 木地師であった父や、山中漆器の職人より、各工程を広く学び、独自の技法を山中のろくろ薄挽の木地に生かし製作、切合い口の棗で、身と蓋で別塗の塗合い口仕上げを施し、時代棗を目標に製作する。 【初代 高桑泉斎】 1975年昭和05年より 1976年昭和51年 山中漆器伝統工芸士、第一回に認定され、初代会長となる。 1984年昭和59年 高度の技術保存と後進の育成により、伝統工芸士として県下初の叙勲を受ける。 1985年昭和60年 日本漆工協会優秀技術者特別表彰を高松宮殿下より拝受。 【2代 高桑泉斎】塗師 1986年昭和61年より 1937年昭和12年 山中温泉に生まれる 1960年昭和35年 金沢美術工芸大学工業デザイン科卒業 小松芳光名誉教授より加賀蒔絵の基礎技術を教わる 柳宗理教授より、機能を美の調和のデザイン理念を学ぶ 卒業後、父泉斎に師事と同時に、京都・金沢の茶匠について茶の湯の工程の指導を受ける。 1986年昭和61年 2代 泉斎を継承。 1989年平成元年 石川国体記念・人間国宝監修の「石川のうるし碗」代一号製作。 現在、加賀美術協会会員 石川二科会会員 表千家吉祥会会員 漆芸家として、塗全般をこなす。 棗(薄茶器)の歴史「松屋久政茶会記」 初座に唐物肩付茶入を床に飾り、中立のときに茶入は水屋に収め、後座の床に松花茶壺が飾られ、薄茶のときに薬籠(中次)が用いられています。町衆によるわびの茶風は天目茶碗から高麗茶碗へ唐物茶入を飾り、塗物茶器で茶を点てるように広まっていきました。 棗(薄茶器)...

【茶器/茶道具 蓋置】 唐銅(唐金) 彫入宝珠蓋置 高木治良兵衛作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

90,750

【茶器/茶道具 蓋置】 唐銅(唐金) 彫入宝珠蓋置 高木治良兵衛作

サイズ約直径5.1×高5.2cm 素材唐銅(彫入蓋置) 作者高木治良兵衛作 箱木箱 (大)(118800) 【コンビニ受取対応商品】【高木治良兵衛作】釜師 金工芸家【釜師(かまし)高木治良兵衛作】 ◆釜坐の起源は、奈良より平安遷都とともに鋳物師が京に移り住み座を結成。以来多くの坐は衰退したが釜坐のみ存続し高木家も釜などを主に作り現在も伝統を保持している 一、【蓋置とは釜の湯を、くむとき、釜のふたを置くための道具です。】 一、【また、柄杓をひく(おく)のにも使います。】 一、材質は、金属類、陶磁器類、その他(竹や木など)いろいろなものでできています。 一、竹の蓋置がよく使われますが、炉(11月〜4月)風炉(5〜10月)のきせつによってちがう切り方(きりかた)の物をつかいます。 一、お棚などには焼き物や、金属類の蓋置を使います。 ※七種蓋置は、台子・長板などの茶事に使用。・・ ・・・・・ 金工芸家【釜師(かまし)高木治良兵衛作】 ◆釜坐の起源は、奈良より平安遷都とともに鋳物師が京に移り住み座を結成。以来多くの坐は衰退したが釜坐のみ存続し高木家も釜などを主に作り現在も伝統を保持している 【一世 高木治良兵衛】(1828年〜1885年) ※大西家十世浄雪に兄弟で師事し、兄は大西家十二世浄徳を継ぎ、十三世浄長の後見人として大西家に残る〇初代一世(弟は大西家より独立し三条釜坐にて安政二年(1855)創業:初代高木治良兵衛を名乗る) 【二世 高木治良兵衛】(1861年〜1924年) ※富岡鉄斎と親交し、鉄軒の号を戴く:鉄斉や蓮月尼の画賛入の釜を多数制作 ※大正改元時、建仁寺 黙雷和尚の「無冷處」文字入の記念釜を製作 【三世 高木治良兵衛(隠居ご一道を名乗る)】(1881年〜1957年) ※各流派の台子風炉釜・皆具等 釜を製作 ...

【茶器/茶道具 籠花入(篭花入) 置用】 松風籠花入 黒田宗傳作(黒田宗伝作) 武田士延書付

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

90,860

【茶器/茶道具 籠花入(篭花入) 置用】 松風籠花入 黒田宗傳作(黒田宗伝作) 武田士延書付

サイズ約上下直径9.6×真ん中5.8×高30cm 作者黒田宗傳作(黒田宗伝作) 武田士延書付 素材おとし:竹製 箱木箱 仕様置用 注意手作り品のためサイズなどは多少異なります。 (山吉り・129800) 【コンビニ受取対応商品】【初代 黒田宗傳】 10代 黒田正玄の次男 1896年明治29年分家 【2代 黒田宗伝】 初代の父:宗伝に師事し昭和03年秋襲名 ※ご大典の折、竹張色紙形茶箱皆具を天覧お買上げの栄に浴す 【3代 黒田宗傳( くろだそうでん )】竹器師 1931年昭和06年 京都生 師 父に師事、研鑽する 1962年昭和37年 3代宗傳を襲名 1967年昭和42年 建仁寺の竹田益州管長より竹軒の号を賜る ----------------------------------------------------------------------- 明治維新に至るまで将軍家御用柄杓師を務めました。 【初代 黒田正玄】 1578年天正06年〜1653年承応02年 越前国黒田郡の出身で、名を七郎左衛門(後に正玄)、俗称を日参正玄といいます。 当地の丹羽長重に仕えますが、のち剃髪して「正玄」と改名し、近江国大津で竹細工を業としました。 天下一と称されていた一阿弥に師事したとされています。 後に上京して小堀遠州に茶の湯を学び、その推挙で将軍家御用柄杓師を務めました。 茶の習得に遠州に日参した為、「日参正玄」と呼ばれた。さらに、大徳寺156世江月宗玩に参禅した事でも知られています。 【2代 黒田正玄】 1626寛永03年〜1687年貞享04年 初代 正玄の三男として生れ、名を宗正(後に正玄)といいます。 小堀遠州の推挙で3代将軍・徳川家光の御用柄杓師を務めました。 【3代 黒田正玄】1656年明暦02年...

【茶器/茶道具 茶杓】 上 白竹又は古竹(染付風)又は煤竹 奈良高山製 紙箱入

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

2,816

【茶器/茶道具 茶杓】 上 白竹又は古竹(染付風)又は煤竹 奈良高山製 紙箱入

生産地国産(奈良高山製) 箱紙箱 注意色・景色(模様)などは写真と異なる場合があります。お任せください (野輪白野丸古浸みス輪煤谷)(上・3520) 【コンビニ受取対応商品】谷村弥三郎作(翠華園)通産大臣指定伝統工芸師(奈良高山製) 【茶杓削り】 【京都工芸研究会 高野宗陵作(高野忠男) 】 茶杓(利休型)の主な制作手順を示します。(「茶杓教室テキスト」(高野竹工株式会社)より) (材料の準備1)竹を油抜きし乾燥させる。 ↓ (材料の準備2)茶杓の寸法にあわせて,材料を切り出す。 ↓ (材料の準備3)水につけ繊維を柔らかくしてから,ローソクの火で櫂先となる部分をまげる。 ↓ 1:茶杓の全長:鉛筆で182ミリの箇所に印をつけ,印のところで切断する。 2:櫂先を幅11ミリ程度になるまで削る。 3:茶杓を逆手に持ち,ヨウ(裏側部分)から表皮に向けて削り,節で止める。 これを繰り返し,節の位置で幅8ミリに仕上げる。 4:おっとりを持ち,反対側を3と同様に節まで削る。節に残った屑は削り取る。 5:おっとり部分をナイフで削り,幅7ミリに仕上げる。 6:3〜5を数度繰り返して形を作る。 7:櫂先を削り丸くする。ヨウを削り,切っ先を薄く仕上げる。 8:裏側の角をナイフで削り取る。 9:サンドペーパー等で角を丸くして形を整える。 10:切止。ナイフで一気に行う。完成。

【茶器/茶道具 炭道具】 炭斗(炭取り) 唐物六角 炉風炉兼用

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

16,720

【茶器/茶道具 炭道具】 炭斗(炭取り) 唐物六角 炉風炉兼用

サイズ約直径22×高11cm 箱紙箱 (H30:炉-49N-64目丸山大)(・20950) 【コンビニ受取対応商品】炭斗(すみとり)とは 亭主が客の前で炉や風炉に炭を組み入れる炭点前(すみでまえ)で用いる、炭を組み入れ、香合・羽箒・釜敷・鐶・火箸を添えて席中に持ち出す器のことです。 炭取とも書き、烏府(うふ)ともいいます。 多くは籠などの組物で、内張をしてそれに漆をかけたものが用いられます。 唐物と和物があります。 唐物炭斗は、藤、竹などで編まれた籠で、編み方は部分々々に変化をつけ精巧を極めたものが多く、藤と竹の交ぜ編み、棕櫚皮を編み込んだものなどもあります。 唐物炭斗は、籠以外には、漆器類や青貝入り、金馬(きんま)などもあります。 和物炭斗は、籐、竹、藤蔓、蓮茎(はすくき)などで、編み方は唐物よりざんぐりしています。 和物炭斗は、籠以外には、瓢、一閑張、蒔絵、曲物、指物などがあり、「冊屑箱」(さくずばこ)、「茶撰籠」(ちゃよりかご)、「散華皿」(さんげざら)、「箕」(み)、「炮烙」(ほうろく)などが用いられることもあります。 炭斗の種類には、「菜籠」(さいろう)、「瓢炭斗」(ふくべすみとり)、「神折敷」(かみおしき)、「炭台」(すみだい)、「箱炭斗」(はこすみとり)などがあります。 利休形の炭斗には、油竹、鱗籠、達磨、菊置上椽高(きくをきあげふちだか)、木地炭台、瓢、水屋用の桑箱炭斗があります。 宗旦好には、瓢手付、一閑秕目神折敷(大)、葛桶(くずおけ)があります。

【茶器/茶道具 短冊】 直筆 紅炉一点雪 有馬頼底筆

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

17,325

【茶器/茶道具 短冊】 直筆 紅炉一点雪 有馬頼底筆

直筆 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 箱たとう紙 作者有馬頼底筆 注意送料無料 (R5/ス吉り・19120) 【コンビニ受取対応商品】紅露一点雪こうろいってんのゆき 煩悩妄念を断滅した坐禅三昧の正念のある処、ここにはどんな邪念も寄せつけない。迷妄、邪悪は、恰も紅蓮の炎をあげて赤々と燃え盛る炉の上に、一片の雪花が舞い落ち、一瞬のうちに溶けて跡形もなく消えてしまうかのようだ。 【有馬頼底(号 大龍窟)】萬年山相国承天禅寺 相國寺派 臨済宗 7代管長 京都仏教会 理事長、日本文化芸術財団 理事 久留米藩主 有馬家(赤松氏流)の子孫 (東京にて華族の家系に生まれ、天皇陛下のご学友となる) 1933年昭和08年 有馬本家当主有馬頼寧の従兄弟にあたる分家有馬正頼男爵の次男として東京で生を受ける 1941年昭和16年 8歳の時、大分県日田市の岳林寺で得度 1955年昭和30年 22歳 京都臨済宗相国寺僧堂に入門。大津櫪堂老師に師事 1968年昭和43年 相国寺塔頭大光明寺住職 1971年昭和46年 相国寺派教学部長 1984年昭和59年 相国寺承天閣美術館設立により事務局長 1988年昭和63年 京都仏教会理事長に就任 1995年平成07年 臨済宗相国寺派七代管長(相国寺132世)に就任・・・・・・・・

ホビーのランキング

スポンサーリンク
スポンサーリンク