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椿画の商品検索結果全7件中1~7件目

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村上華岳『観音之図(聖蓮華)』彩美版・シルクスクリーン手刷り 複製画掛軸

内田画廊

165,000

村上華岳『観音之図(聖蓮華)』彩美版・シルクスクリーン手刷り 複製画掛軸

観音之図 (聖蓮華) ー村上華岳生誕120年記念ー 近代日本画界において独自の存在感を示した画家、村上華岳。 「製作は密室の祈り」と語る画家の、一つの到達点ともいう べき観世音像の傑作が『観音之図(聖蓮華)』です。 品位ある柔和な表情の観音には、画家の、女性への永遠性への 憧れが託されているといいます。 『聖蓮華』の名の通り、その手は優しく蓮華の花を包み込み ます。 添えられた白色の花弁が華やかです。 村上華岳は、その短い生涯の中で仏画や山水、椿や牡丹など 美しく精神性の高い作品を数多く描きました。 特に観音菩薩などの仏画は、近代以降最高峰と称されます。 画技の鍛錬と自己の内面の追及、創作による『神手冥合』を 目指した華岳の絵画は、観る者に感動を与えます。 【 原画所蔵 】 京都国立近代美術館 【 彩美版について 】 『彩美版』とは、画材の質感と豊かな色調を現するために 生み出された新時代の画期的な技法です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原画の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されています。 村上華岳 明治21 大阪市に生まれる 明治44 京都市立絵画専門学校卒業 第5回文部省美術展覧会に出品 褒状をうける 大正7 国画創作協会設立に参加 昭和 3 国画創作協会解散 『製作は密室の祈り』を信条に、仏画、草花、山水画 などを描き、静謐で精神性の高い作品を数多く残した。 昭和14 死去 享年51 版式・用紙 【 版 式 】彩美版・シルクスクリーン手刷り 【 用 紙 】和紙 【 限 定 】120部 画面寸法 天地:99.5cm×左右:23.5cm 表装寸法 天地...

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小倉遊亀『桔梗』(散華)木版画【中古】

内田画廊

33,000

小倉遊亀『桔梗』(散華)木版画【中古】

■桔 梗(散華) 「散華」とは諸仏を供養するために花を撒くことを言います。 元来は蓮弁をはじめとする生花が使われていましたが いつの頃からか、蓮の花びらを形どった紙が 代用されるようになりました。 こちらの散華は、1986年に天武天皇1300年玉忌供養と 薬師寺迦藍復興の一助にと描かれた作品を元に 京都の木版匠、徳力富吉郎監修の元制作された木版画 色紙です。 新品のタメ塗りの木製額縁に納めました。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県に生まれる 1920 安田靫彦に入門 1922 日本美術院第8回試作展入選 1926 第13回院展初入選 1928 第15回院展入選 日本美術院院友に推挙される 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙される 1949 毎日新聞連載・谷崎潤一郎「少将滋幹の母」の挿絵を描く 1954 第4回上村松園賞受賞 1955 芸能選奨美術部門文部大臣賞受賞 1957 第8回毎日美術賞受賞 1962 第18回日本芸術院賞受賞 1973 勲三等に叙され瑞宝章が贈られる 1975 神奈川県文化賞受賞 1976 日本芸術会員に任命される 1978 文化功労者として顕彰される 日本美術院理事に推挙される 1979 滋賀県文化賞受賞 1980 文化勲章授与 1981 大津市・名誉市民として表彰される 1990 日本芸術院理事長に就任 1995 鎌倉市名誉市民となる 1996 日本美術院理事長を退き名誉理事長となる 1999 三越エトワール(パリ)にて個展開催 2000 逝去 従三位に叙せられる 作家名 小倉遊亀 題 名 桔 梗(散華) 技 法 木版画 版画制作 徳力富吉郎 画面の寸法 16.7×12.1cm 額縁の外寸法 44.8×41...

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小倉遊亀『岩菲』(散華)木版画【中古】

内田画廊

33,000

小倉遊亀『岩菲』(散華)木版画【中古】

■岩 菲(散華) 「散華」とは諸仏を供養するために花を撒くことを言います。 元来は蓮弁をはじめとする生花が使われていましたが いつの頃からか、蓮の花びらを形どった紙が 代用されるようになりました。 こちらの散華は、1986年に天武天皇1300年玉忌供養と 薬師寺迦藍復興の一助にと描かれた作品を元に 京都の木版匠、徳力富吉郎監修の元制作された木版画 色紙です。 新品のタメ塗りの木製額縁に納めました。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県に生まれる 1920 安田靫彦に入門 1922 日本美術院第8回試作展入選 1926 第13回院展初入選 1928 第15回院展入選 日本美術院院友に推挙される 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙される 1949 毎日新聞連載・谷崎潤一郎「少将滋幹の母」の挿絵を描く 1954 第4回上村松園賞受賞 1955 芸能選奨美術部門文部大臣賞受賞 1957 第8回毎日美術賞受賞 1962 第18回日本芸術院賞受賞 1973 勲三等に叙され瑞宝章が贈られる 1975 神奈川県文化賞受賞 1976 日本芸術会員に任命される 1978 文化功労者として顕彰される 日本美術院理事に推挙される 1979 滋賀県文化賞受賞 1980 文化勲章授与 1981 大津市・名誉市民として表彰される 1990 日本芸術院理事長に就任 1995 鎌倉市名誉市民となる 1996 日本美術院理事長を退き名誉理事長となる 1999 三越エトワール(パリ)にて個展開催 2000 逝去 従三位に叙せられる 作家名 小倉遊亀 題 名 岩 菲(散華) 技 法 木版画 版画制作 徳力富吉郎 画面の寸法 16.7×12.1cm 額縁の外寸法 44.8×41...

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小倉遊亀 「 マンゴウ 」 木版画 【中古】

内田画廊

55,000

小倉遊亀 「 マンゴウ 」 木版画 【中古】

■マンゴウ 日本画壇を牽引し、女流作家の第一人者である 小倉遊亀先生の作品をお楽しみいただける木版画作品です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で 『没後十年小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 作家名 小倉遊亀 題 名 マンゴウ 技 法 木版画(アダチ版画研究所) 限 定 H.C 画面の寸法 縦40.7×横48.5cm 額縁の外寸法 縦63.5×横71.0×厚み5.8cm 額縁の仕様 木製版画額縁 裏面に吊り金具・ひも付き 付 属 布タトウ (黄袋付き) 額縁の窓 アクリル 重 量 約5.2kg 状 態 【中古】 額縁に細かなキズがいくつかありますが 画面に劣化はなく鑑賞に問題ありません

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小倉遊亀『蜀江錦』リトグラフ版画

内田画廊

187,000

小倉遊亀『蜀江錦』リトグラフ版画

■蜀紅錦 しょくこうにしき 日本美術会の最重鎮、小倉遊亀の白寿記念に制作された作品です。 庭に椿は無数にあるが、一本の木から白い椿、紅い椿、白と紅の 斑入りの椿と三通りの花を咲かせる椿があり、 遊亀は「蜀紅錦」として愛している。 日経ポケットギャラリー「小倉遊亀」より抜粋 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で 『没後十年小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 作家名 小倉遊亀 題 名 蜀紅錦 技 法 リトグラフ 35版35色(本金泥・本金箔使用) 限 定 EA(限定200部) 証 明 画面に作家印及び限定番号入り 画面の寸法 36.7×44.5cm 額縁の外寸法 57.0×64.8cm 額縁の仕様 金泥色版画額縁 裏面に壁吊り用金具・ひも付き 付 属 布タトウ (黄袋付き) 額縁の窓 アクリル 版 元 株式会社 大月 発行日 1993年6月8日

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東洲斎写楽名作選集より『二世大谷鬼次の江戸兵衛』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

内田画廊

33,000

東洲斎写楽名作選集より『二世大谷鬼次の江戸兵衛』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

東洲斎写楽名作選集より ■二世大谷鬼次の江戸兵衛 この絵は写楽作品中ではよく知られた有名な絵である。 寛政六年五月の河原崎座上演の「恋女房染分手綱」に 登場し、悪人鷺塚八平次の手下の役である。 勿論悪人の一味であり、この絵を一見しただけで、 敵役大谷鬼次のマスクに、またポーズにも敵役そのものの 凄味が現れている。 無理にも引きゆがめられて一文字に結ばれた口、角形の 紅隈で限られた二つの陰惨な眼、パッと広げられた両手の 表情には、見る人を引き込むような迫力がある。 悪方の一瞬が、これほど緊張感をもって描かれている絵は 無い。 その緊張感は、つき出した顔面を大きく描き、そこに 重点が置かれているので、迫る力に圧倒されるのである。 両手の描写にいささか不自然があるが、それはむしろ 一つの雰囲気として必要であるだけで、さして問題ではない。 それよりも、この絵を傑作にしている一つの要素は、 その色彩にある。 大敵ではない、それでいて憎らしいという端敵役であるために その衣装はかえって安手に派手であるのは歌舞伎の常連で、 その役柄の色がここに出ている。 紅殻色の地に黄の縞も派手なら、襦袢の紅、着物の裏の濃緑も 派手である。 この派手さが、不気味なマスクをさらに憎たらしく見せている。 写楽の芸術を直截に知るにいい作である。 (吉田映ニ氏 解説より抜粋) 東京国立博物館その他の秘蔵原画を厳密に復刻し 色彩、品格、時代色等を尊重し、手摺度数を惜しみなく重ねて 仕上げた高級手摺木版画です。 在庫限り。 再入荷の予定はございません。 ■東洲斎写楽 寛政6年、突如浮世絵界に現れ、約10ヶ月の短い期間に 145点あまりの役者絵をはじめとする浮世絵を発表し ...

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東洲斎写楽名作選集より『尾上松助の松下造酒之進』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

内田画廊

33,000

東洲斎写楽名作選集より『尾上松助の松下造酒之進』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

東洲斎写楽名作選集より ■尾上松助の松下造酒之進 この絵は写楽の作品中最も地味な絵でありながら 有数の傑作といえる。 それは寛政六年五月の桐座の狂言、「敵討乗合話」の 内の役で、浪人した上貧困のうちにあって、 志賀大七のために殺害される役であるが、その寂しい 疲れた不運な生活を送る造酒之進の役柄の境遇、性格が 画面ににじみ出ている。 着物は濃緑で、ただこれ一色のえといってもいい。 この地味な着物に対してやつれた、月代ののびた、 鼻の下やあごの薄くのびた髭、うつろのような眼に 、そのやつれが如実に感じられ、まさに芸質の ものすごい再現といっていいであろう。 扇子をもった手にも力がない。 そこにもうらぶれた浪人の境涯が感じられる。 写楽はことさらにこの造酒之進を描いている。 それもこの陰影の多い役柄に魅せられた結果と考えられ いかにも写楽らしさが感じられる。 (吉田映ニ氏解説より抜粋) 東京国立博物館その他の秘蔵原画を厳密に復刻し 色彩、品格、時代色等を尊重し、手摺度数を惜しみなく重ねて 仕上げた高級手摺木版画です。 在庫限り。 再入荷の予定はございません。 ■東洲斎写楽 寛政6年、突如浮世絵界に現れ、約10ヶ月の短い期間に 145点あまりの役者絵をはじめとする浮世絵を発表し 忽然と姿を消した正体不明の浮世絵師。 生没年、出身地、師弟関係なども不明。 ドイツの美術研究家ユリウス・クルトが、レンブラント、 ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と紹介したことがきっかけで 大正時代から逆輸入する形で日本でもその評価が高まった。 作家名 東洲斎写楽 題 名 尾上松助の松下造酒之進 技 法 高級木版手刷色彩 雲母キラモミ仕上げ 版画用紙 越前生漉特製奉書 ...

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東洲斎写楽名作選集より『二世坂東三津五郎の石井源蔵』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

内田画廊

33,000

東洲斎写楽名作選集より『二世坂東三津五郎の石井源蔵』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

東洲斎写楽名作選集より ■二世坂東三津五郎の石井源蔵 この絵は、寛政六年五月都座の「花菖蒲文禄曾我」に 登場する親も仇を討つ石井三兄弟の長男で、 敵藤川水右衛門のために返り討ちにあう石井源蔵を 描いた作である。 この作品は、写楽の半身像では珍しく上体の部分に 動きがある。 それには風になびいているような鬢髪のそよぎが 効果を与えている。 またこの毛彫りがすばらしい。 この敵を前方ににらむ瞳みの真剣な力強さが、 さらに敵に対し凝結した執念を表現している。 斜に構えた刀が、画面を斜に切る構図も優れている。 これによってこの絵が統一され、一つのリズミカルな 躍動が感じられる。 白綸子の下着に対する黒の着物とその裏の褐色が、 僅かな部分ではあるが、画面を引き立てて効果を 上げている。 解説より抜粋 東京国立博物館その他の秘蔵原画を厳密に復刻し 色彩、品格、時代色等を尊重し、手摺度数を惜しみなく重ねて 仕上げた高級手摺木版画です。 在庫限り。 再入荷の予定はございません。 ■東洲斎写楽 寛政6年、突如浮世絵界に現れ、約10ヶ月の短い期間に 145点あまりの役者絵をはじめとする浮世絵を発表し 忽然と姿を消した正体不明の浮世絵師。 生没年、出身地、師弟関係なども不明。 ドイツの美術研究家ユリウス・クルトが、レンブラント、 ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と紹介したことがきっかけで 大正時代から逆輸入する形で日本でもその評価が高まった。 作家名 東洲斎写楽 題 名 二世坂東三津五郎の石井源蔵 技 法 高級木版手刷色彩 雲母キラモミ仕上げ 版画用紙 越前生漉特製奉書 監 修 楢崎宗重 日本浮世絵協会理事長 文学博士 版 元 大江戸木版社 画面の寸法...

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東洲斎写楽名作選集より『三世沢村宗十郎の大岸蔵人』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

内田画廊

33,000

東洲斎写楽名作選集より『三世沢村宗十郎の大岸蔵人』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

東洲斎写楽名作選集より ■三世沢村宗十郎の大岸蔵人 この役は、寛政六年五月都座上演の「花菖蒲文禄曾我」に 登場する善人の役柄である。 この絵は一見平凡である。しかしこの絵は傑作の一つである。 その理由は、写楽がただ役者の姿を写すというのではなく、 その役者の芸質、芸格、人間としての性格、そしてその役の 性根までを描いたことに写楽の特徴があり、これは他の 絵師のなしえなかったところであった。 その写楽の芸術の本質が、この一枚の絵に発揮されている。 そこにこの絵が傑作となった所以があるのである。 ただ見ただけでは、開いた扇をもっている侍の半身像である。 色彩も実に単純で、着物の濃紫と扇の金、そして背色の 黒雲母だけといった僅か三色が主たる色彩である。 それでいて、ここに浮かび上がっている宗十郎の顔は、 「人品男振りよく」と評された宗十郎の風貌をそのままに 表現されている。 また向って左の眉の下から顎にかけての顔面の輪郭の曲線の 緊張味と量感のある顔面のもり上がりには驚くべきものがある。 宗十郎を評した言葉に、「温和の内に底に烈しき所あり」と あるが、つぶらな瞳、ひきしまった口許に、この評語の あやまりでない役者宗十郎の描写を見ることができる。 この悠揚とした一見平凡な肖像に活を与えているのが、 胸元に広げられた大きな金扇で、ここにも写楽の色彩感の 鋭さが見える。 (吉田映ニ氏解説より抜粋) 東京国立博物館その他の秘蔵原画を厳密に復刻し 色彩、品格、時代色等を尊重し、手摺度数を惜しみなく重ねて 仕上げた高級手摺木版画です。 在庫限り。 再入荷の予定はございません。 ■東洲斎写楽 寛政6年、突如浮世絵界に現れ、約10ヶ月の短い期間に ...

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小倉遊亀『菩薩』彩美版・シルクスクリーン・一部本金・天然岩絵具手彩色 掛軸

内田画廊

253,000

小倉遊亀『菩薩』彩美版・シルクスクリーン・一部本金・天然岩絵具手彩色 掛軸

菩 薩 手に赤い蓮華の蕾を持ち(蓮華手)、頭上に開いた蓮の華 (普通は如来形の化仏)を戴く観世音菩薩を描いた作品です。 【 彩美版とは 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、 新時代の画期的な技法による複製画です。 小倉遊亀 1895 滋賀県に生まれる 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 限 定 300部 証 明 著作権者承認印・限定番号入り奥付けシールを桐箱蓋裏に貼付け 技 法 彩美版・シルクスクリーン併用・一部本金、天然岩絵具手彩色 用 紙 和 紙 寸 法 【画寸法】70.0×48.5cm 【軸寸法】162.5×67.5cm 体 裁 表 装 天 地 中 廻 風 帯 一文字 軸 先 箱 三段表装 淡茶綿 早雲寺 唐草文 緞 子 竹屋町風唐草文 金 襴 為 塗 柾目桐箱 タトウ付 制 作 共同印刷株式会社 美術商品部 万一表装の生地が品切れになった場合、同一品質・似ている 模様の生地を使用することがございます。

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東洲斎写楽名作選集より『四世松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

内田画廊

33,000

東洲斎写楽名作選集より『四世松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛』大判 黒雲母摺高級手摺木版画浮世絵(額縁入り)【中古】

東洲斎写楽名作選集より ■四世松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛 寛政六年五月桐座の「敵討乗合話」へ登場した 肴屋五郎兵衛である。 この役は松下造酒之進の娘、宮城野、しのぶの姉妹に 助刀をして、親の敵志賀大七を討たせる義侠の魚屋である。 この絵では、黒い幅広いどてらの襟が色彩の基調と なっている。 その外には袖口の草、煙管の黄と紅がほんの小さい部分に 配され、大部分は黒襟に対してどてらの濃紫色の地味な 色である。背色の黒雲母とともに暗い色の間に小さな 明るい色の点綴りが効果をみせていて、その色彩感は 写楽独特なものである。 なおどてらの格子縞は、俗に高羅屋格子といわれる。 高羅屋は幸四郎の屋号で、幸四郎はこの格子柄を好んで 用いていた。 解説より抜粋 東京国立博物館その他の秘蔵原画を厳密に復刻し 色彩、品格、時代色等を尊重し、手摺度数を惜しみなく重ねて 仕上げた高級手摺木版画です。 在庫限り。 再入荷の予定はございません。 ■東洲斎写楽 寛政6年、突如浮世絵界に現れ、約10ヶ月の短い期間に 145点あまりの役者絵をはじめとする浮世絵を発表し 忽然と姿を消した正体不明の浮世絵師。 生没年、出身地、師弟関係なども不明。 ドイツの美術研究家ユリウス・クルトが、レンブラント、 ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と紹介したことがきっかけで 大正時代から逆輸入する形で日本でもその評価が高まった。 作家名 東洲斎写楽 題 名 四世松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛 技 法 高級木版手刷色彩 雲母キラモミ仕上げ 版画用紙 越前生漉特製奉書 監 修 楢崎宗重 日本浮世絵協会理事長 文学博士 版 元 大江戸木版社 画面の寸法 原画同大 大錦版 31.0...

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岩橋英遠『薔薇』散華木版画【中古】

内田画廊

33,000

岩橋英遠『薔薇』散華木版画【中古】

■薔 薇(散華) 「散華」とは諸仏を供養するために花を撒くことをいいます。 元来は蓮弁をはじめとする生花が使われていましたが いつの頃からか、蓮の花びらを形どった紙が 代用されるようになりました。 こちらの散華は、1986年に天武天皇1300年玉忌供養と 薬師寺迦藍復興の一助にと描かれ奉納された作品を元に 京都の木版匠、徳力富吉郎監修のもと制作された木版画 色紙です。 ■岩橋英遠 いわはしえいえん 1903 北海道に生まれる 1924 山内多門塾に入門 1934 新日本画研究会結成に参加 第21回院展で初入選 1936 第1回帝展で初入選 1937 歴程美術協会結成に参加 火曜会に入会 1949 第34回院展で奨励賞・白寿賞受賞 1950 第35回院展で大観賞受賞 1951 第36回院展で大観賞受賞 1953 日本美術院同人に推挙される 1954 第4回芸能選奨文部大臣賞受賞 1967 法隆寺金堂壁画再現模写事業に参加 1968 東京藝術大学教授に就任 1972 日本芸術院賞受賞 1981 日本芸術院会員となる 1989 文化功労者に顕彰される 1994 文化勲章受賞 1999 逝去 享年96歳 作家名 岩橋英遠 題 名 薔 薇(散華) 技 法 木版画 版画制作 徳力富吉郎 画面の寸法 16.7×12.0cm 額縁の外寸法 44.8×41.6cm 額縁の枠 タメ塗り(赤茶)色額縁 額縁のマット 布マット 額縁の仕様 額縁裏面に壁吊り用金具・ひも 額縁の窓 アクリル 状 態 【中 古】 古い作品ですがとてもきれいな状態です (額縁は新品です)

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中川一政『鉄線花』(散華)木版画【中古】

内田画廊

33,000

中川一政『鉄線花』(散華)木版画【中古】

■鉄線花(散華) 「散華」とは諸仏を供養するために花を撒くことを言います。 元来は蓮弁をはじめとする生花が使われていましたが いつの頃からか、蓮の花びらを形どった紙が 代用されるようになりました。 こちらの散華は、1986年に天武天皇1300年玉忌供養と 薬師寺迦藍復興の一助にと描かれ奉納された作品を元に 京都の木版匠、徳力富吉郎監修のもと制作された木版画 色紙です。 ■中川一政 1893-1991 1893 東京に生まれる 1914 巽画家展に出品した作品が岸田劉生に見いだされる 1915 草土社を結成 1920 初の個展を開催 1922 小杉放菴らと春陽会設立に参加 1931 水墨画の個展を開く 1949 神奈川県真鶴にアトリエを構える 1975 文化勲章受章 文化功労賞表彰 1986 母の故郷である石川県松任市(現白山市)に松任市立 中川一政記念美術館(現白山市立松任中川一政記念 美術館)が開館 1989 真鶴町立中川一政美術館が開館 題 名 鉄線花(散華) 技 法 木版画 版画製作 徳力富吉郎 画面の寸法 16.7×12.1cm 額縁の外寸法 44.8×41.6cm 額縁の枠 タメ塗り(赤茶)色額縁 額縁のマット 布マット 額縁の仕様 額縁裏面に壁掛け用金具・ひも 額縁の窓 アクリル 状 態 【中 古】 古い作品ですがとてもきれいな状態です 額縁は新品です

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西山英雄『白梅』(散華)木版画【中古】

内田画廊

33,000

西山英雄『白梅』(散華)木版画【中古】

■白 梅(散華) 「散華」とは諸仏を供養するために花を撒くことを言います。 元来は蓮弁をはじめとする生花が使われていましたが いつの頃からか、蓮の花びらを形どった紙が 代用されるようになりました。 こちらの散華は、1986年に天武天皇1300年玉忌供養と 薬師寺迦藍復興の一助にと描かれ奉納された作品を元に 京都木版匠、徳力富吉郎監修のもと制作された木版画 色紙です。 ■西山英雄 にしやまひでお 1911 京都に生まれる 1925 叔父である西山翠嶂に師事 画塾青甲社入塾 1931 帝展に初入選 1934 帝展にて特選 1936 京都市立絵画専門学校(現:京都市立藝術大学)別科卒業 1947 日展特選 1954 京都学芸大学教授に就任 1958 牧人社結成 日展文部大臣賞受賞 1961 日本芸術賞受賞 1972 京都市文化功労者に選ばれる 1976 京都日本画家協会理事長就任 1980 日本芸術院会員となる 1989 逝去 題 名 白 梅(散華) 技 法 木版画 版画製作 徳力富吉郎 作品の寸法 16.7×12.2cm 額縁の外寸法 44.8×41.6cm 額縁の枠 タメ塗り(赤茶)色額縁 額縁のマット 布マット 額縁の仕様 裏面に壁吊り用金具・ひも付き 額縁の窓 アクリル 状 態 【中 古】 古い作品ですが状態はとても良好です (付属の額縁は新品です)

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小倉遊亀 「 爛漫 」 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り

内田画廊

220,000

小倉遊亀 「 爛漫 」 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り

■爛 漫 奈良女子大学講堂の緞帳の原画として描かれた作品です。 この絵は、奈良女子大学の五階から見た若草山の 山並みをバックに、大きな古い桜之威樹が、 今や満開に咲きほこった光景を描きました。 左の上手には東大寺の金の鴟尾の大屋根が、 右下手の花にはすれすれに、興福寺の五重塔の一部分が チラと見えているのは、奈良を表したもので、 画面いっぱいに咲きほこる桜の花には一点の不純さもなく 香気ふくいくと両手をひろげて、己の力のすべてを 出しています。 満身の力を出し切ってする仕事ほど美しいものは ありません。 小倉遊亀先生ご本人による解説より 【 彩美版とは? 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原本の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1972 『瓶花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1983 「爛漫」を制作 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展...

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小倉遊亀 「 姉妹 」( あねいもうと ) 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り・プラチナ泥手彩

内田画廊

253,000

小倉遊亀 「 姉妹 」( あねいもうと ) 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り・プラチナ泥手彩

■姉 妹 あねいもうと 再興第55回院展出品作品 「この無心な童女の姿が天の真実に直結する瞬間、 私の心をとらえたものがある」 (小倉遊亀『続 画室の中から』より) 小倉遊亀の代表作『姉妹』。 七夕の日に、折り鶴を用意している姉妹を描いた作品です。 原画は滋賀県立近代美術館に所蔵。 少女が手にするハサミには、一枚一枚、本プラチナ泥を 手彩色しています。 著作権者の正式なご許可のもと、限定300部のみの ご提供です。 【 彩美版とは? 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原本の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1970 再興第55回院展に『姉妹』を出品 1972 『瓶花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で 『没後十年小倉遊亀展』開催 2014...

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小倉遊亀 「 洋壺 」(ようこ) 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り・一部本金泥使用

内田画廊

198,000

小倉遊亀 「 洋壺 」(ようこ) 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り・一部本金泥使用

■洋 壺 ようこ 師:安田靫彦から『北鎌倉の特産物』と絶賛された 小倉遊亀の静物画、その真骨頂ともいえる名作。 金地に映える鮮やかな紫ー 遊亀自身が大切にしていた壺に可憐な菖蒲(あやめ)を 生けて、入念に描いた作品。 背景には一部本金泥を使用し、一枚ずつ手作業により 制作しています。 著作権者の特別なご許可のもと、限定二百部のみの ご提供です。 【 彩美版とは? 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原本の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1972 『瓶花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で 『没後十年小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 作家名 小倉遊亀 題 名 洋 壺 ようこ 技 法 彩美版・シルクスクリーン手刷り 一部本金泥使用 ...

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小倉遊亀 「 つかのま 」 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り 額装

内田画廊

203,500

小倉遊亀 「 つかのま 」 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り 額装

−小倉遊亀がひと際慈しんだ梅の花ー ■つかのま 限定300部 梅は冬の厳しい寒さの中、蕾を膨らませます。 寒さの苦しみに耐え、先陣を切って春を伝える姿には、 気持ちを励まされる時があります。 小倉遊亀は、「梅は老いて美にますます深みを増す」 と言い、梅の木に特別な愛情を注いでいました。 樹齢を重ねても生命力に溢れた梅の姿に、 元気づけられていたのでしょう。 七〇歳を過ぎてからの作品に、梅がたびたび登場します。 本作品は八八歳、末広がりの「八」が二つ重なる 大変おめでたい米寿の年に製作されました。 凛と伸びる枝や、満開に咲いた白梅の「つかのま」の 美しさが、画伯の優しい眼差しを通して力強く、 かつ繊細に描かれています。 【 彩美版とは 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、新時代の画期的な 技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、原本の持つ微妙な ニュアンスや作家の筆遣いといった絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 『初夏の花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館...

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小倉遊亀 「 白磁と紅梅 」 リトグラフ 【中古】

内田画廊

55,000

小倉遊亀 「 白磁と紅梅 」 リトグラフ 【中古】

■白磁と紅梅 日本画壇を牽引した女流作家の第一人者である小倉遊亀。 今なお人気の作品を版画でお楽しみいただける作品です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で 『没後十年小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 作家名 小倉遊亀 題 名 白磁と紅梅 技 法 リトグラフ 制作年 1997年 版 数 37版37摺(本金箔貼) 限 定 212/350 画面の寸法 縦41.0×横50.0cm 額縁の外寸法 縦61.2×横70.1×厚み4.5cm 額縁の仕様 金泥色木製版画額縁 付 属 布タトウ (黄袋付き) 額縁の窓 アクリル 重 量 約3.9kg 監 修 鉄樹 状 態 【中古】 額縁は多少キズ有り 作品本体の状態は良好です

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小倉遊亀 「 瓶花 」(へいか) 彩美版 ・ シルクスクリーン 併用

内田画廊

209,000

小倉遊亀 「 瓶花 」(へいか) 彩美版 ・ シルクスクリーン 併用

■瓶 花 へいか 小倉遊亀が愛蔵した古九谷の壺と、見事に咲いた紅白椿。 円熟期に描かれた珠玉の名画を、著作権者による特別な 許可のもとに複製。 本金箔を使用し、一枚ずつ手作業で制作しました 【 彩美版とは 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、新時代の画期的な 技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、原本の持つ微妙な ニュアンスや作家の筆遣いといった絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1972 『瓶花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で『没後十年 小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 作家名 小倉遊亀 題 名 瓶 花 技 法 彩美版・シルクスクリーン手刷り 本金箔を使用 用 紙 かきた 限 定 200部 絵の寸法 33.5×41.0cm 額縁の外寸法 51.5×59.5cm 額縁の仕様 特製木製額金泥仕上げ 裏面に壁吊り用金具・ひも 額縁の窓...

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小倉遊亀 「 観自在 」 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り

内田画廊

253,000

小倉遊亀 「 観自在 」 彩美版 ・ シルクスクリーン 手刷り

■観自在 観音菩薩像を描くことに画家としての達成を 求めるかの如く制作した小倉遊亀先生。 本作は70歳を過ぎてからの代表作です。 彩美版により、繊細な筆遣いや上品な色彩まで 再現し、一枚ずつ手作業でシルクスクリーンを 施しています。 【 彩美版とは? 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原本の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1972 『瓶花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で 『没後十年小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 作家名 小倉遊亀 題 名 観自在 技 法 彩美版・シルクスクリーン併用 一部本金泥・白緑使用 用 紙 和 紙 限 定 200部 (商品画像の限定部数番号は見本です) 画面の寸法 天地:73.0×左右:45.0cm...

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小倉遊亀「夏草」彩美版・シルクスクリーン・本金泥使用

内田画廊

198,000

小倉遊亀「夏草」彩美版・シルクスクリーン・本金泥使用

■夏 草 松尾芭蕉の有名な句から取られた画題の本作は、 大佛次郎の歴史エッセイ「義経の周囲」の挿絵として 描かれました。 中尊寺の秘仏『一字金輪佛頂尊』が、透明感溢れる 柔らかな色彩、繊細かつ大胆な筆遣いで描かれています。 日本芸術院賞受賞後の円熟期に描かれた正静謐な 菩薩像は、まさに小倉芸術の頂点と言えるでしょう。 金色の再現には一部本金泥を使用しています。 【 彩美版とは? 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原本の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1972 『瓶花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999 パリの三越ルトワールで個展開催 2000 逝去 享年105歳 2001 滋賀県立現代美術館で追悼特別展開催 2002 東京国立近代美術館、滋賀県立現代美術で 『小倉遊亀展』開催 2010 兵庫県立美術館、宇都宮美術館で 『没後十年小倉遊亀展』開催 2014 滋賀県立近代美術館で『遊亀と靫彦展』開催 作家名 小倉遊亀 題 名 夏 草 技 法 彩美版・シルクスクリーン手刷り 一部本金泥使用 用...

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小倉遊亀 「 菩薩 」 彩美版 ・ シルクスクリーン ・ 一部本金 ・ 天然岩絵具 手彩色

内田画廊

253,000

小倉遊亀 「 菩薩 」 彩美版 ・ シルクスクリーン ・ 一部本金 ・ 天然岩絵具 手彩色

■菩 薩 この『菩薩』は昭和42年、小倉遊亀画伯72歳の時の 作品である。 昭和16年画伯は『観世音菩薩』を描き院展に出品した。 その時夫である鉄樹師に「あと十年観音様は描けないな」 と言われたという。 それから26年、まさに満を持して発表したのがこの 『菩薩』であった。 よほど強い想いが蓄積されていたのであろう。 翌年続いて『観自在』を描いている。 この絵の『菩薩』は、手に赤い蓮華の蕾を持ち(蓮華手) 頭上に開いた蓮の華(普通は如来形の化仏)を戴く形は、 観世音菩薩であろう。 一連の菩薩像について、画家自身は「少し男性的の菩薩様が 描きたくて…」と述べているが、凛としたお姿には慈悲と ともに、修行の身である厳しさと折れることのない強靭さが 見事に表れている。 色彩豊かな衣の描線も美しい。 美術評論家 谷岡 清氏の解説より抜粋 【 彩美版とは? 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された、 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、 原本の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されております。 『彩美版』は共同印刷の登録商標です。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事 1932 女性として初めて日本美術院同人に推挙 1962 日本美術院賞受賞 1972 『瓶花』を制作 1973 勲三等瑞宝章を授与される 1978 日本美術院理事に就任 文化功労賞として顕彰される 1980 文化勲章受章 1990 日本美術院理事長に就任 1996 日本美術院名誉理事長となる 1999...

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小倉遊亀 「 径 」( こみち ) 彩美版R ・ シルクスクリーン 手刷り

内田画廊

220,000

小倉遊亀 「 径 」( こみち ) 彩美版R ・ シルクスクリーン 手刷り

■径 こみち ー健やかな家族の絆と、根底に流れる祈りの精神ー 微笑ましい日常の情景と小倉画伯の信念が調和した名作 《 復興第51回院展出品作品 》 昭和から平成にかけて活躍した、日本画壇を代表する 小倉遊亀画伯は、日常生活を主題にした作品を多数 制作しました。 多くの作品は健やかで幸福感に満ちた姿が描かれて いますが、その根底には小倉画伯が大切にした深遠な 思索や慈悲の精神が流れています。 本作の核心は、インドの詩人・タゴールの詩 「虚偽より真実を、闇より光りを、死より永遠の生命を 与えたまえ。」からきており、小倉画伯は生きることの 喜びを感じ合う健やかな世界を描きたかったと語って います。 世の中の悩みや苦しみを癒す教えを解いた先人たちの 英知に学び、歩調を合わせて歩きたいという小倉画伯の 思いから生まれました。 画業が円熟期に達した小倉遊亀の手腕が発揮された 名高い名作です 【 彩美版とは 】 「彩美版R」は共同印刷株式会社の登録商標です。 長年の経験により培われた画像処理技術を元に、厳選された素材に高精度 デジタルプリントを施し、画材の質感と豊かな色調を再現した共同印刷 株式会社独自の高級美術複製画です。 「径」彩美版Rではさらに一枚一枚職人の手刷りによるシルクスクリーンを 施すことで小倉画伯の豊かな色彩や筆遣いといった作品の持つ鼓動までをも 表現しています。 半世紀以上にわたり高級複製美術品の制作を続ける共同印刷の「彩美版R」は 業界屈指のブランドとして、その高い品質から多くの美術愛好家の方に 支持されており、美術関係者からも高い評価を得ています。 ■小倉遊亀 おぐらゆき 1895 滋賀県大津市に生まれる 1917 小学校教諭となる 1920 安田靫彦に師事...

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葛飾北斎(画狂老人卍)『唐獅子図』高級複製画彩美版軸装

内田画廊

137,500

葛飾北斎(画狂老人卍)『唐獅子図』高級複製画彩美版軸装

唐獅子図 ボストン美術館正式認可 北斎は、天保5年(1834)頃から肉筆画の制作が 中心となります。 天保13年から翌年の12月まで、毎日磨を祓うために 「日新除魔」と名付けた墨画の獅子図を描きました。 「唐獅子図」は「日新除魔」を描き終えた翌年の 天保15年・85歳の時の作品です。 雄渾な筆致で描かれた入念の作「唐獅子図」は、 いわば北斎獅子図の集大成とも言うべき傑作です。 「百獣の王」として知られる獅子を「百花の王」である 色とりどりの牡丹が華麗に彩り、魔を祓う神獣出現の 荘厳さとめでたさを一層強調しています。 北斎の積み重ねた技法や経験が集約された渾身の本作を ぜひお手元でお楽しみください。 獅子を取り巻く繊細華麗な牡丹。 その作者は確定していませんが、娘の応為とする説が 有効です。 応為は北斎が亡くなるまで同居してその制作を支え、 時には代作もしました。 近年、世界的に応為への関心が高まりその研究が 進んでいます。 また応為を描いた小説や映画が相次いで発表され 人気を集めるなどと、今最も注目される画家の一人です。 【 ボストン美術館 公式認定 】 原画を所蔵するボストン美術館と契約を結び、提供された 正式画像を使用して制作。 製品にはボストン美術館の正式認可証が添えられています。 本作の売上の一部はボストン美術館が所蔵する日本絵画の 修復保全に寄付されます。 【 彩美版とは 】 画材の質感と豊かな色彩を再現するために生み出された 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル加工処理技術と高精度プリントにより 豊かな色彩や筆遣い、原画の持つ芸術的鼓動までを 表現いたしました。 葛飾北斎 1760〜1849 江戸時代後期の浮世絵師で...

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竹内栖鳳『錦秋図』彩美版・シルクスクリーン併用 複製画 掛軸

内田画廊

110,000

竹内栖鳳『錦秋図』彩美版・シルクスクリーン併用 複製画 掛軸

錦秋図 くるりと返った小鳥が愛らしい、秋の栖鳳 この絵の見どころは、まさにその無造作に見える絵作りに あろう。 無作為の作為ともいうべき趣向にある。 いまひとつは、小禽の姿態にある。 枝に来て止まるや、餌でも見つけたように翻身した瞬間を 捉えている。 その即興的で動きのある見事な描写は、鳥の習性をしっかり 呑み込んだ画家の腕の見せどころとなっている。 【 彩美版とは 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル画像処理技術と高精度プリントにより、原画の 持つ微妙なニュアンスや作家の筆使いといった絵の鼓動までも が表現されています。 竹内栖鳳 1864 京都市に生まれる 1877 土田英林に学ぶ 1881 幸野楳嶺の私塾に入門 1887 京都府画学校を卒業 1895 京都市美術工芸学校の教諭に就任 1898 日本美術院第1回展出品 1903 正八位に叙せられる 1907 第1回文展の審査員となる 1909 京都市立絵画専門学校教授となる 1911 正七位に叙せられる 1913 帝室技芸員となる 1919 帝国美術院会員となる 1921 正六位に叙せられる 1922 従五位に叙せられる 1924 フランス政府よりシェパリエ・ド・ラ・レジェン・ ドメール勲章を贈られる 1925 勲五等瑞宝章を贈られる 1931 ハンガリー最高美術賞を受ける 1932 ドイツ一等赤十字賞を受ける 1937 第一回文化勲章受賞 1941 京都日本画家連盟顧問となる 1942 逝去 享年77歳 原画所蔵 山種美術館 証 明 奥付に所蔵先の検印 版 式 彩美版・シルクスクリーン併用 限定...

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上村淳之『四季花鳥図』彩美版・シルクスクリーン手摺り複製画 額装

内田画廊

176,000

上村淳之『四季花鳥図』彩美版・シルクスクリーン手摺り複製画 額装

大阪新歌舞伎座緞帳原画 ■四季花鳥図 【 作者のことば 】 平城山のアトリエの庭に四季折々訪ねてくる小鳥たちを テーマにそこに繰り広げられる花鳥の世界です。 過去風景画として四季を描いたものは絵巻物として多く 残されていますが、花鳥をテーマとしたものは、ごく稀で あろうかと思います。 具体空間ではなく象徴化された世界は日本画独自のもの。 私の夢想した世界にお誘いできればとの思いであります。 【 彩美版とは 】 画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された 新時代の画期的な技法による複製画です。 最新のデジタル加工処理技術と高精度プリントにより、 原画の持つ微妙なニュアンスや作家の筆遣いといった 絵の鼓動までもが表現されています。 ■上村淳之 1933 上村松篁の長男として京都に生まれる 1953 京都市立美術大学日本画科に入学 1956 第20回新制作協会展に初入選 1957 京都市立美術大学日本画科を卒業 1968 第32回新制作協会展新作家賞受賞 新制作協会会友となる 1984 京都市立芸術大学教授となる 1992 第10回京都府文化功労賞を受賞 1995 第21回創画展出品作で日本芸術院賞を受賞 1999 京都市立芸術大学副学長に就任 京都市文化功労賞顕彰を受ける 2002 日本芸術院会員となる 2006 西日本本願寺から依頼を受け「親鸞聖人」を制作 2010 平成遷都1300年記念事業として復元された大極正殿の壁画を 完成させる 大阪新歌舞伎座緞帳原画「四季花鳥図」を制作する 2011 東京歌舞伎座緞帳原画「水辺の四季」を制作する 2013 文化功労者として顕彰される 2022 文化勲章受賞 作家名 上村淳之 題 名 四季花鳥図 版...

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岩澤重夫『山水清韻』岩絵具方式複製画

内田画廊

275,000

岩澤重夫『山水清韻』岩絵具方式複製画

■山水清韻 さんすいせいいん 山間に住む私のアトリエから見えるすぐそこの山にも、 三六五日、一日一日の変化があります。 天気がいいから写生に行くというのではなく、 雪が降ろうと雨が降ろうと毎日写生をしようという心が ないとだめです。 山には四季があり、心と命があります。 霧がかかれば見えなくなり、霧が晴れると、今度は谷から 山火事のように雲が上がってきます。 それは墨絵のように美しい世界です。 見えている世界と、見えない世界、どちらの世界も同時に 存在します。 そのすべてを少しでも一枚の絵に描きたい。 作者のことばより ■岩澤重夫 昭和2 大分県日田市に生まれる 昭和27 京都市美術専門学校卒業 堂本印象に師事(東丘社入塾) 昭和47 日展会員となる 昭和57 東京・歌舞伎座緞帳原画制作 昭和58 第14回日展「曠」文化庁買上優秀美術品に決まる 昭和60 第8回山種美術館賞展「古都追想(西安)」大賞受賞 第17回日展「氣」文部大臣賞受賞 平成2 京都府文化功労賞受賞 銀座松屋・名古屋丸栄・京都大丸・大分トキハにて 「現代日本画の俊英・岩澤重夫展」(日経主催)開催 平成4 大分合同新聞文化功労賞特別賞受賞 平成5 日本芸術賞受賞 日展理事となる 平成14 勲三等瑞宝章を受章 平成16 日本芸術員会員 日展常務理事 作家名 岩澤重夫 題 名 山水清韻 技 法 リトグラフ 用 紙 仏製 ヴェランアルシュ紙 画面の寸法 天地:35.5×左右:53.0cm 額縁の外寸法 天地:59.3×左右:77.5cm 額縁の仕様 特製木製額縁・裏面に壁吊り用金具・ひも付き 窓:アクリル 箱...

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田渕俊夫『律』私の心景 エッチング(銅版画)【中古】

内田画廊

22,000

田渕俊夫『律』私の心景 エッチング(銅版画)【中古】

■律 「私の心景」より ハード・グラウンド・エッチングに加え、 田渕画伯初めてのソフト・グラウンド・エッチングを併用し 「デッサンをしているように自由に表現できた」という 銅版画集「私の心景」の中から額装した一作です。 ■田渕俊夫 たぶちとしお 1941 東京に生まれる 1961 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業 1967 同校大学院修了 修了制作大学買上 1970 平山郁夫に師事 1984 愛知県芸術大学美術学部絵画専攻日本画助教授となる 1985 東京藝術大学美術学部保存修復技術助教授となる 日本美術院同人に推挙される 1995 東京藝術大学大学院美術研究科教授となる 1996 日本美術院評議員となる 2005 東京藝術大学副学長に就任 2006 日本美術院理事に就任 2009 東京藝術大学を定年退職、名誉教授となる 愛知県立芸術大学客員教授となる 2016 日本美術院理事長となる 東京藝術大学名誉教授となる 作家名 田渕俊夫 題 名 律「私の心景」より 落 款 本人鉛筆サイン 技 法 エッチング・ドライポイント 用 紙 岩野市兵衛越前生漉奉書 制作発行 ギャラリーデコール 限 定 29/80 画面の寸法 18.4×18.4cm 額縁の外寸法 42.9×:42.9cm 額縁の仕様 オーク色版画額縁 裏面に壁吊り用金具・ひも 付 属 合わせ箱 額縁の窓 アクリル 状 態 【新古品】 昭和56年に発行された銅版画集の中の作品を 額装したものです。 古い作品ですが一度も販売はされておらず状態は良好。 新品の額縁で額装したものです。

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田渕俊夫『すすき』 四季六題よりオリジナルリトグラフ(石版画)

内田画廊

44,000

田渕俊夫『すすき』 四季六題よりオリジナルリトグラフ(石版画)

■すすき 「四季六題」より 1986年の『YAMAHAカレンダー』のために制作された オリジナルの版画です。 カレンダーのためのイラストレーションというだけではなく 日本画作品の本質に迫るような美しい作品です。 作家本人が刷り師と共に版に取り組み、加筆・修正を繰り返し 制作した貴重なオリジナルリトグラフ。 古い作品ですが、未使用のシートを新しく額装した新品の 作品です。 在庫限り。 再入荷の予定はございません。 ■田渕俊夫 たぶちとしお 1941 東京に生まれる 1961 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業 1967 同校大学院修了 修了制作大学買上 1970 平山郁夫に師事 1984 愛知県芸術大学美術学部絵画専攻日本画助教授となる 1985 東京藝術大学美術学部保存修復技術助教授となる 日本美術院同人に推挙される 1995 東京藝術大学大学院美術研究科教授となる 1996 日本美術院評議員となる 2005 東京藝術大学副学長に就任 2006 日本美術院理事に就任 2009 東京藝術大学を定年退職、名誉教授となる 愛知県立芸術大学客員教授となる 2016 日本美術院理事長となる 東京藝術大学名誉教授となる 作家名 田渕俊夫 題 名 すすき 「四季六題」より 落 款 本人鉛筆サイン 技 法 オリジナルリトグラフ 限 定 14/80 画面の寸法 32.0×41.0cm 額縁の外寸法 53.2×:60.7cm 額縁の仕様 乳白色版画額縁 裏面に壁吊り用金具・ひも 付 属 合せ箱 額縁の窓 アクリル 状 態 新品額付

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中山忠彦『ローブ・ド・バル』リトグラフ(石版画)

内田画廊

121,000

中山忠彦『ローブ・ド・バル』リトグラフ(石版画)

■ローブ・ド・バル 気品ある女性美を追求する作品に定評のある中山忠彦画伯。 版画でお楽しみいただける作品です。 現品限り。 再入荷の予定はございません。 ■中山忠彦 1935 福岡県に生まれる 1953 阿佐ヶ谷洋画研究所に学ぶ 伊藤清永に師事 1954 日展初出品 初入選 1955 白日会展初出品 初入選 1969 日展特選 1980 白日会内閣総理大臣賞 1981 日展特選 1983 「中山忠彦画集」刊行(求龍堂) 1988 「中山忠彦作品集」刊行(講談社) 1990 日展会員賞 1996 日展内閣総理大臣賞 1998 日本藝術院賞受賞 日展理事、日本芸術会員となる 2001 日展事務局長に就任 2002 白日会会長に就任 2006 「中山忠彦画集」刊行(ピジョン企画出版社) 2007 市川市市政功労賞受賞 北九州市民文化賞受賞 2009 日展理事長に就任 中津市民栄誉賞受賞 2014 市川市名誉市民として顕彰される 2015 市川市文化振興財団理事長就任 作家名 中山忠彦 題 名 ローブ・ド・バル 技 法 リトグラフ 落 款 作者鉛筆サイン 限定部数 25/85 画面の寸法 42.5×52.0cm 額縁の外寸法 68.0×78.5cm 額縁の仕様 グリーン×グレー色版画額縁 裏面に壁掛け用金具・ひも 額縁の窓 アクリル マット 紙マット 状 態 【中 古】状態は良好です 箱 布タトウ(黄袋付き)

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