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【茶器/茶道具 掛軸(掛け軸) ひな祭り】 横軸画賛 千歳春 橋本紹尚筆(柳生紹尚) 立雛の画 上村米重画

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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【茶器/茶道具 掛軸(掛け軸) ひな祭り】 横軸画賛 千歳春 橋本紹尚筆(柳生紹尚) 立雛の画 上村米重画

作者字:柳生紹尚筆(橋本紹尚筆) 画:上村米重画 箱木箱 (・64152) 【コンビニ受取対応商品】桃花千歳春とうかちとせのはる 桃の花は千年かわらずに春を告げて無心に咲いている。 昭和37年 花園大学卒業 昭和37年 大徳寺専門道場にて掛塔、小田雪窓老師(大徳寺第四八九世)に師事する 三玄院先代住職藤井誠堂老師より「顕道」「紹尚」を拝命 昭和40年 柳生芳徳寺に帰る 昭和47年 芳徳寺住職となる 平成08年 奈良市文化財に指定される。 ------------------------------ 【芳徳禅寺】 奈良県 神護山 寛永十五年に、柳生宗矩が亡父石舟斎宗厳の供養のため創建し、開山は宗矩と親交のあった沢庵和尚。 のち柳生氏代々の菩提所ともなった。 ------------------------------ 【上村米重】 1950年昭和25年11月新潟県生まれ 1972年昭和47年 金原明石氏に染織図案及び染色の基礎を習 1982年昭和57年 工房:上村を設立し、水墨画を南画院展に毎年出品す 1985年昭和60年 日本南画院正会員 1998年平成10年 日本染織作家協会正会員 日本染織作家協会理事・京都彩芸美術組合理事 京都彩芸美術展にて市長賞・日本南画院展にて奨励少会、他、多数受賞

【茶器/茶道具 花入 置用 クリスマス】 エントツサンタ 吉村楽入窯 (置き花入れ・置花入れ・置き用・置用)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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【茶器/茶道具 花入 置用 クリスマス】 エントツサンタ 吉村楽入窯 (置き花入れ・置花入れ・置き用・置用)

好評販売中 サイズ約縦横6.4×高20.5cm 作者吉村楽入窯 箱紙箱 (吉棒大・19250) 【コンビニ受取対応商品】●好評販売中 【2代 吉村楽入】(京都楽窯会所属) 1929年昭和04年 京都市に生まれる 1948年昭和23年 京都府陶工訓練所終了 名人 初代 父の吉村甚四郎氏に師事、楽入を継承 1985年昭和60年4月同会会長に就任 【3代 吉村楽入(本名 重生)】 1959年昭和34年 京都おまれ 1982年昭和57年 同志社大学経済学部卒 1983年昭和58年 京都市工業試験場伝統産業後継者育成陶芸コース終了 1984年昭和59年 京都府陶工訓練校成形科卒 師祖父・父 楽入に師事 1989年平成01年より「楽入窯」創始・主宰 2000年平成12年 【重生】印を泉涌寺熊谷龍尚和尚より拝領 2001年平成13年 伝統工芸士認定 2004年平成16年 萬福堂 3代 吉村楽入を襲名 ・京都工芸美術作家協会会員 ・沖縄県立芸術大学非常勤講師 陶器(焼物)の花入 陶器の花入には渡り物と国焼があります。 やきもの花入いろいろ 焼物の花入は種類が多く、青磁・染付・彩磁などがあります。中国から渡来した青磁は真の花入とされます。染付・赤絵はこれに次ぐものとされます。 国焼は瀬戸・高取・伊賀・信楽・備前・丹波・萩・唐津・楽などの京焼があります。 釉がかかり形の格調高い物は行の花入に扱います。 釉がかかってない土物は、草の花入とされます。 木地の薄板は水で濡らしよく拭ききって使用します。 備前・伊賀・信楽など釉のかかってない花入は事前によく水に濡らし、よく拭いて使用します。 花入の説明(敷板の説明) 薄板(三枚組花台)花入の下に敷く板を薄板といいます。 真塗矢筈板 かねの花入に使用・青磁等格調高い物を使用 塗り蛤端...

【茶器/茶道具 短冊】 直筆 紅炉一点雪 有馬頼底筆

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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【茶器/茶道具 短冊】 直筆 紅炉一点雪 有馬頼底筆

直筆 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 箱たとう紙 作者有馬頼底筆 注意送料無料 (R5/ス吉り・19120) 【コンビニ受取対応商品】紅露一点雪こうろいってんのゆき 煩悩妄念を断滅した坐禅三昧の正念のある処、ここにはどんな邪念も寄せつけない。迷妄、邪悪は、恰も紅蓮の炎をあげて赤々と燃え盛る炉の上に、一片の雪花が舞い落ち、一瞬のうちに溶けて跡形もなく消えてしまうかのようだ。 【有馬頼底(号 大龍窟)】萬年山相国承天禅寺 相國寺派 臨済宗 7代管長 京都仏教会 理事長、日本文化芸術財団 理事 久留米藩主 有馬家(赤松氏流)の子孫 (東京にて華族の家系に生まれ、天皇陛下のご学友となる) 1933年昭和08年 有馬本家当主有馬頼寧の従兄弟にあたる分家有馬正頼男爵の次男として東京で生を受ける 1941年昭和16年 8歳の時、大分県日田市の岳林寺で得度 1955年昭和30年 22歳 京都臨済宗相国寺僧堂に入門。大津櫪堂老師に師事 1968年昭和43年 相国寺塔頭大光明寺住職 1971年昭和46年 相国寺派教学部長 1984年昭和59年 相国寺承天閣美術館設立により事務局長 1988年昭和63年 京都仏教会理事長に就任 1995年平成07年 臨済宗相国寺派七代管長(相国寺132世)に就任・・・・・・・・

◎【茶器/茶道具 短冊画賛】 直筆 万国春(花開万国春) 枝垂れ桜の画又は花無心 藤の画 福本積應筆又は枝垂れ桜画 前田宗源筆

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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◎【茶器/茶道具 短冊画賛】 直筆 万国春(花開万国春) 枝垂れ桜の画又は花無心 藤の画 福本積應筆又は枝垂れ桜画 前田宗源筆

直筆 サイズ広巾:約縦36.3×横7.5cm 箱たとう紙 作者万国春 福本積應筆 枝垂れ桜 前田宗源筆 注意メール便不可 (R5/輪輪り・5400) 【コンビニ受取対応商品】花開萬国春はなひらくばんこくのはな花開万国春 一輪の花が天下に春の訪れを知らせる。一と多との相即する妙用の世界の表現。 花無心はなむしん 花は人に見られよう、好かれようなどとは少しも思わない。 そこには一分の思慮分別・妄想煩悩もない。 ただひたすらに咲いているのみである。 【福本積應】 1930年昭和05年 京都に生まれる 1959年昭和34年 大徳寺派招春寺(京都府船井郡)住職を拝命 1983年昭和58年 大徳寺派宝林寺(亀岡市)兼務住職を拝命 1989年平成01年 宝林寺本堂・庫裏・山門を建立 2002年平成14年 招春寺本堂・山門を建立 2004年平成16年 宝林寺を後任住職に譲 再度招春寺住職を拝命 ------------------------------ 【前田宗源】瑞光院 山号を紫雲山 大徳寺派 赤穂義士遺跡 1932年昭和07年04月10日京都に生 京都府立第三中学校 京都府立朱雀高校 同志社大学経済学部 京都建仁寺僧堂にて修行 ------------------------------ 【瑞光院】 京都 紫野 臨済宗大本山 大徳寺派に属する 紫雲山 瑞光院は 慶長18年(1613年)創建。 赤穂 浅野家とは縁があり、46士の遺髪が埋葬されている

〇【茶器/茶道具 短冊画賛】 好日又は兆豊年 稲穂に雀の画 福本積應筆

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

5,005

〇【茶器/茶道具 短冊画賛】 好日又は兆豊年 稲穂に雀の画 福本積應筆

直筆 サイズ広巾:約縦36.3×横7.5cm 箱たとう紙 作者福本積應筆 注意メール便不可 (R3/1-1野吉り・4400)〇5940 【コンビニ受取対応商品】日々是好日にちにちこれこうじつ(日日是好日) 毎日毎日が素晴らしい」という意味である そこから、毎日が良い日となるよう努めるべきだと述べているとする解釈や、さらに進んで、そもそも日々について良し悪しを考え一喜一憂することが誤りであり常に今この時が大切なのだ、あるいは、あるがままを良しとして受け入れるのだ、と述べているなどとする解釈がなされている 和気兆豊年わきほうねんをきざす 「和気」とは、冬寒く春は暖かく、夏は暑く秋は涼しく、五風十雨で自然の諸条件の調和的意味。 「兆」はきざしの意味でその事に先立って予め示す事。 茶道はことに和を尊ぶ。その和の貴ぶべきことを豊作に託して説いたのがこの「和気豊年を兆す」 【福本積應】 1930年昭和05年 京都に生まれる 1959年昭和34年 大徳寺派招春寺(京都府船井郡)住職を拝命 1983年昭和58年 大徳寺派宝林寺(亀岡市)兼務住職を拝命 1989年平成01年 宝林寺本堂・庫裏・山門を建立 2002年平成14年 招春寺本堂・山門を建立 2004年平成16年 宝林寺を後任住職に譲 再度招春寺住職を拝命

【茶器/茶道具 水指(水差し) 細水指】 中置 黄交趾焼き 七宝紋 赤沢露石作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

91,630

【茶器/茶道具 水指(水差し) 細水指】 中置 黄交趾焼き 七宝紋 赤沢露石作

サイズ約直径12.5×(蓋除21.2)全高23cm 作者赤沢露石作 箱木箱 (限定大・216000) 【コンビニ受取対応商品】【初代 赤沢華峯(赤沢元次郎)】 田能村直入に南画を習う 五条坂において画の指導を行う。のちに転じて陶芸に携わる 【2代 赤沢露石(赤沢修三)】初代元次郎の子 華峯の跡を継ぎ、露石と号し、陶芸に携わる 昭和18年に技術保存認定を交趾焼の作品により認定。 京都伝統作家協会の設立に携わり、同協会会員となる。 【3代 赤沢露石(赤沢静尾)】2代 修三の妻 若くより茶の湯に親しみ、家業を助ける 京都伝統作家協会会員 【4代 赤沢露石(赤沢正中)】2代 修三の孫 昭和16年生れ 昭和56年 日本橋三越本店・京都大丸等 各地で個展 昭和59年 京都大丸「現代の陶芸百人香炉 名品展」出品 昭和63年 交趾焼四代露石襲名する 平成19年 京都高島屋にて「京都伝統陶芸家 協会50周年記念展」出品 線文様をモチーフにした、近代的な交趾焼により日本工芸会正会員となる 京都伝統作家協会会員。 日本陶芸展第1回、第2回展入選 水指(水器)-釜に補給する水や茶碗・茶筌などをすすぐための水を貯えておく器物 炉・風炉の火の陽の対して水指の水を陰とします。 台子皆具の水指は本来唐物に始まり点前作法の変遷とともに皆具からはなれ銅の水指についで南蛮や国焼の備前・信楽・楽焼や京焼などの焼き物が用いられ、さらに木地釣瓶や曲などの新しい素材や形が造られた。

【茶器/茶道具 色紙画賛】 直筆 溪泉清流 鮎の画又は風月清 曳舟の画又は行雲流水 山河の画 福本積應筆 今尾孝子画

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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【茶器/茶道具 色紙画賛】 直筆 溪泉清流 鮎の画又は風月清 曳舟の画又は行雲流水 山河の画 福本積應筆 今尾孝子画

直筆 作者字:福本積應筆 画:今尾孝子画 箱たとう紙 注意メール便不可 (野申り・6820) 【コンビニ受取対応商品】渓泉清流けいせんせいりゅう 渓泉(けいせん)とは谷間に湧く泉。そこから流れ出した細い清流がかすかな音をたてている。深山の閑(しず)かなたたずまい。 秋山風月清しゅうざんふうげつのきよき 秋の山は風も月も清らかに澄み渡っている。 どこまもでも透明な独脱の世界。 行雲流水こううんりゅすい 空行く雲や流れる水のように、深く物事に執着しないで自然の成り行きに任せて行動するたとえ。 また、一定の形をもたず、自然に移り変わってよどみがないことのたとえ。 「行雲」は空行く雲。「流水」は流れる水。諸国を修行してまわる禅僧のたとえにも用いられることがある。 【福本積應】 1930年昭和05年 京都に生まれる 1959年昭和34年 大徳寺派招春寺(京都府船井郡)住職を拝命 1983年昭和58年 大徳寺派宝林寺(亀岡市)兼務住職を拝命 1989年平成01年 宝林寺本堂・庫裏・山門を建立 2002年平成14年 招春寺本堂・山門を建立 2004年平成16年 宝林寺を後任住職に譲 再度招春寺住職を拝命 【今尾孝子】 1963年 愛知県生まれ 1987年 京都市立芸術大学美術学部・日本画卒業 1989年 京都市立芸術大学美大学院・絵画専攻日本画終了 現在京都在住

〇【茶器/茶道具 色紙画賛】 直筆 風光日々新 蹲の画又は七転八起 達磨の画 福本積應筆 今尾孝子画

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

6,006

〇【茶器/茶道具 色紙画賛】 直筆 風光日々新 蹲の画又は七転八起 達磨の画 福本積應筆 今尾孝子画

直筆 作者福本積應筆 今尾孝子画 箱たとう紙 注意メール便不可 (り・6820) 【コンビニ受取対応商品】風光日々新ふうこうひびあらたなり 大自然の風景は日々に新たな変化がある 自然の世界は変化し続けるからこそ、永遠でいられるのである。 七転八起しちてんばっとうななころびやおき 何度失敗してもくじけず、立ち上がって努力すること。 転じて、人生の浮き沈みの激しいことのたとえとして用いることもある。 転び八起きの四文字熟語としても多く用いられています。 「七転び八起き」は「ななころびやおき」と読みます。 七転八起(しちてんばっとう)と同じで、何度失敗しても立ち上がり努力を続けるという意味を持つ言葉です。 【福本積應】 1930年昭和05年 京都に生まれる 1959年昭和34年 大徳寺派招春寺(京都府船井郡)住職を拝命 1983年昭和58年 大徳寺派宝林寺(亀岡市)兼務住職を拝命 1989年平成01年 宝林寺本堂・庫裏・山門を建立 2002年平成14年 招春寺本堂・山門を建立 2004年平成16年 宝林寺を後任住職に譲 再度招春寺住職を拝命 ------------------------------ 【今尾孝子】 1963年昭和38年 愛知県生まれ 1987年昭和62年 京都市立芸術大学美術学部・日本画卒業 1989年昭和64年 京都市立芸術大学美大学院・絵画専攻日本画終了 現在京都在住

【茶器/茶道具 銘付茶杓】 しぼ竹 銘「清流」 舟形茶筒入 小堀良實筆 海野宗泰作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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【茶器/茶道具 銘付茶杓】 しぼ竹 銘「清流」 舟形茶筒入 小堀良實筆 海野宗泰作

作者小堀良實筆 茶杓師:海野宗泰作 素材しぼ竹 箱木箱 (R01/2-3申丸リ・22575) 【コンビニ受取対応商品】清流せいりゅう 水の清らかに澄んだ流れ。澄んだ水の流れ。 【小堀良實(りょうじつ)】寶林寺 山号を曹渓山 大徳寺派 (臨済宗) 1972年昭和47年 京都市:大徳寺:弧蓬庵の次男に生 1996年平成08年 花園大学卒業 博多 崇福寺専門道場にて修行 2004年平成16年 寶林寺住職 ------------------------------ 【寶林寺】 京都 紫野 臨済宗大本山 大徳寺派に属する 寶林寺 山号を曹渓山は 禅宗の祖と言われる達磨大師より、6代目慧能禅師が、この地に来りて、仏法を解きて以来、禅の宗風喩々隆盛となる。開山、春嶺紹温禅師(大灯国師より204世)は寛文年間亀岡の地に来りて創建し、曹渓山寶林寺と名付けられた。 山内には、重要文化財(旧国宝)の薬師・阿弥陀・釈迦の三如来の仏像と九重石塔婆等があります。 ------------------------------ 【海野宗泰】 1947年昭和22年08月 京都に生 1964年昭和39年 師 竹器師高野宗陵と出会う 1966年昭和41年 伏見工業高等学校工芸科を卒業後、竹工芸の 勉強を始める 1970年昭和45年 号 宗秦を拝名

【茶器/茶道具 短冊画賛】 直筆 南山寿 秋桜の画又は秋澄む 彼岸花(曼珠沙華) 西垣大道筆 曽根幸風画(肉筆画)

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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【茶器/茶道具 短冊画賛】 直筆 南山寿 秋桜の画又は秋澄む 彼岸花(曼珠沙華) 西垣大道筆 曽根幸風画(肉筆画)

直筆 サイズ広巾:約縦36.3×横7.5cm 作者字:西垣大道筆 画:曽根幸風画 箱たとう紙 注意メール便不可 (野申丸R6/N・/1-・・大・4565)〇5025 【コンビニ受取対応商品】南山寿なんざんじゅ 終南山が崩れないように生命や事業がいつまでも続くこと。 人の長寿を祝う言葉。 秋澄むあきすむ 秋になり、大気の見透しが非常によくなること。 【西垣大道】極楽寺 兵庫県城崎 1942年昭和17年 庫県に生まれる。 1949年昭和24年 分山宗興について得度。日本社会福祉大学卒業後、大徳僧堂、のち相国僧堂に掛塔。 1976年昭和51年 仏教大学大学院修士課程修了。 1978年昭和53年 兵庫県城崎郡の大徳寺派極楽禅寺住職に就任し、現在に至る。 ------------------------------ 【曽根幸風】 1936年昭和11年 京都粟田口生れ 1956年昭和31年 京都府立陶工専修校(陶画科)終了 (故陶師高嶋光楽のもとで作陶師事) 1957年昭和32年 故陶師人間国宝富本憲吉先生に陶画師事 1973年昭和48年 京都洛東 東山に開窯(幸風窯) 1978年昭和53年まで京都東山の窯元で作陶に修行 1989年平成01年 京都 伏見に移窯 (茶道の陶画を通じ絵画に励む)

【茶器/茶道具 掛軸(掛け軸)】 横軸画賛 藤原定家  詠花鳥和歌 6月 「鵜」 福本積應筆 上村米重画

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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【茶器/茶道具 掛軸(掛け軸)】 横軸画賛 藤原定家 詠花鳥和歌 6月 「鵜」 福本積應筆 上村米重画

サイズ約横幅42.6×長124cm 作者字:福本積應筆 画:上村米重 箱木箱 (輪吉大・48400) 【コンビニ受取対応商品】藤原定家 詠花鳥和歌 6月 鵜 短夜(みじかよ) 鵜川にのぼる 篝火(かがりび)の はやく過行く 水無月の空 夏の短い夜に、川にのぼる鵜舟の漁り火が、輝いているが、夏の夜は、はや明けようとしているなあ。 【福本積應】大徳寺派 招春寺 1930年昭和05年 京都生まれ 大徳寺塔頭養徳院、宗應和尚に就き得度 大徳寺派元管長・清涼軒歓渓老師の弟子となり、美濃 虎渓僧堂にて修業 1954年昭和34年 招春寺住職拝命 1975年昭和50年 宝林寺兼務住職、宗会議員拝命 宝林寺を後任住職に譲り、現招春寺住職 宝林寺を後任住職に譲り、現招春寺住職 【上村米重】 1950年昭和25年11月新潟県生まれ 1972年昭和47年 金原明石氏に染織図案及び染色の基礎を習 1982年昭和57年 工房:上村を設立し、水墨画を南画院展に毎年出品す 1985年昭和60年 日本南画院正会員 1998年平成10年 日本染織作家協会正会員 日本染織作家協会理事・京都彩芸美術組合理事 京都彩芸美術展にて市長賞・日本南画院展にて奨励少会、他、多数受賞

【茶器/茶道具 掛軸(掛け軸)】 横軸画賛 和歌 よしの山 福本積應筆 吉野山の画 上村米重画 本阿弥光悦下絵の写し

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【茶器/茶道具 掛軸(掛け軸)】 横軸画賛 和歌 よしの山 福本積應筆 吉野山の画 上村米重画 本阿弥光悦下絵の写し

サイズ約横幅42.2×長107cm 作者字:福本積應筆 画:上村米重 箱木箱 (輪吉大・58080) 【コンビニ受取対応商品】よし野山、花の故郷あとたえて、むなしき枝に、ハる風そ(よ)吹。 新古今集和歌 二条良基和歌 吉野山の桜の花の散ってしまった旧都は、今は、訪れる人もなくなって、花のない桜の枝に、花を散らした春風ばかりが、訪れて吹いていることだ。 【福本積應】大徳寺派 招春寺 1930年昭和05年 京都生まれ 大徳寺塔頭養徳院、宗應和尚に就き得度 大徳寺派元管長・清涼軒歓渓老師の弟子となり、美濃 虎渓僧堂にて修業 1954年昭和34年 招春寺住職拝命 1975年昭和50年 宝林寺兼務住職、宗会議員拝命 宝林寺を後任住職に譲り、現招春寺住職 宝林寺を後任住職に譲り、現招春寺住職 【上村米重】 1950年昭和25年11月新潟県生まれ 1972年昭和47年 金原明石氏に染織図案及び染色の基礎を習 1982年昭和57年 工房:上村を設立し、水墨画を南画院展に毎年出品す 1985年昭和60年 日本南画院正会員 1998年平成10年 日本染織作家協会正会員 日本染織作家協会理事・京都彩芸美術組合理事 京都彩芸美術展にて市長賞・日本南画院展にて奨励少会、他、多数受賞

【茶器/茶道具 なつめ(お薄器)】 独楽棗 尋牛斎付(久田宗也) 高桑泉斎作

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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【茶器/茶道具 なつめ(お薄器)】 独楽棗 尋牛斎付(久田宗也) 高桑泉斎作

サイズ約直径6.9×高7cm 作者高桑泉斎作尋牛斎付 箱木箱 注意自然の木を使用している為、木目色合いが異なる場合があります。 (申棒り)(・188460) 【コンビニ受取対応商品】【高桑泉斎】 木地師であった父や、山中漆器の職人より、各工程を広く学び、独自の技法を山中のろくろ薄挽の木地に生かし製作、切合い口の棗で、身と蓋で別塗の塗合い口仕上げを施し、時代棗を目標に製作する。 【初代 高桑泉斎】 1975年昭和05年より 1976年昭和51年 山中漆器伝統工芸士、第一回に認定され、初代会長となる。 1984年昭和59年 高度の技術保存と後進の育成により、伝統工芸士として県下初の叙勲を受ける。 1985年昭和60年 日本漆工協会優秀技術者特別表彰を高松宮殿下より拝受。 【2代 高桑泉斎】塗師 1986年昭和61年より 1937年昭和12年 山中温泉に生まれる 1960年昭和35年 金沢美術工芸大学工業デザイン科卒業 小松芳光名誉教授より加賀蒔絵の基礎技術を教わる 柳宗理教授より、機能を美の調和のデザイン理念を学ぶ 卒業後、父泉斎に師事と同時に、京都・金沢の茶匠について茶の湯の工程の指導を受ける。 1986年昭和61年 2代 泉斎を継承。 1989年平成元年 石川国体記念・人間国宝監修の「石川のうるし碗」代一号製作。 現在、加賀美術協会会員 石川二科会会員 表千家吉祥会会員 漆芸家として、塗全般をこなす。 棗(薄茶器)の歴史「松屋久政茶会記」 初座に唐物肩付茶入を床に飾り、中立のときに茶入は水屋に収め、後座の床に松花茶壺が飾られ、薄茶のときに薬籠(中次)が用いられています。町衆によるわびの茶風は天目茶碗から高麗茶碗へ唐物茶入を飾り、塗物茶器で茶を点てるように広まっていきました。 棗(薄茶器)...

〇【茶器/茶道具 短冊画賛 ひな祭り】 直筆 千歳春 佐藤朴堂筆又は千歳春 小堀良實筆又は笑春風 小堀良實筆 立雛の画 3種類より選択

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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〇【茶器/茶道具 短冊画賛 ひな祭り】 直筆 千歳春 佐藤朴堂筆又は千歳春 小堀良實筆又は笑春風 小堀良實筆 立雛の画 3種類より選択

直筆 サイズ約縦36.3×横巾7.5cm 箱たとう紙 作者千歳春:佐藤朴堂筆 千歳春/笑春風:小堀良實筆 注意メール便不可 (ス輪中(・4840)〇5250 【コンビニ受取対応商品】桃花千歳春とうかちとせのはる 桃の花は千年かわらずに春を告げて無心に咲いている。 桃花笑春風とうかしゅんぷうにえむ(挑花笑春風) 桃の花が春風に誘われて咲きほころんだ様子。春の喜びをうたったもの。 【佐藤朴堂(本名 宗秀)】 1935年昭和10年07月京都市に生 1947年昭和22年09月兵庫県(但馬:大徳寺派蔵雲寺熙道和尚に就て得度 1956年昭和31年 京都花園妙心寺専門道場禅修業に参禅 1956年昭和46年06月大徳寺派福聚院に住職す 1977年昭和52年04月大徳寺前往位に昇進 ------------------------------ 【福聚院】大徳寺派 滋賀県 ------------------------------ 【小堀良實(りょうじつ)】寶林寺 山号を曹渓山 大徳寺派 (臨済宗) 1972年昭和47年 京都市:大徳寺:弧蓬庵の次男に生 1996年平成08年 花園大学卒業 博多 崇福寺専門道場にて修行 2004年平成16年 寶林寺住職 ------------------------------ 【寶林寺】 京都 紫野 臨済宗大本山 大徳寺派に属する 寶林寺 山号を曹渓山は 禅宗の祖と言われる達磨大師より、6代目慧能禅師が、この地に来りて、仏法を解きて以来、禅の宗風喩々隆盛となる。開山、春嶺紹温禅師(大灯国師より204世)は寛文年間亀岡の地に来りて創建し、曹渓山寶林寺と名付けられた。 山内には、重要文化財(旧国宝)の薬師・阿弥陀・釈迦の三如来の仏像と九重石塔婆等があります。

【茶器/茶道具 色紙】 直筆 白雲自去来 秋吉則州筆

いまや茶の湯日本茶・今屋静香園

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【茶器/茶道具 色紙】 直筆 白雲自去来 秋吉則州筆

直筆 作者秋吉則州筆 箱たとう紙 注意メール便不可 (礼丸り・11880) 【コンビニ受取対応商品】白雲自去来はくうんおのずからきょらいす 白雲は時々に生起する妄想や煩悩などの例え、白雲はその周囲を無心に去来している意味。 【秋吉則州 (あきよしそくしゅう)】芳春院 臨済宗 大徳寺塔頭 1948年昭和23年 大分県大徳寺派光厳寺の三男一女の長兄として生 1967年昭和42年 東京都上野の広徳寺、福富雪底師のもとで小僧生活を送りつつ、駒澤大学に通う 1971年昭和46年 駒澤大学卒業 1972年昭和47年 京都大徳寺専門道場に掛搭(雲水修行)、中村祖順老師に参ずる 1984年昭和59年6月 芳春院副住職に就く。12月には専門道場を出て芳春院に入り、住職三重野荊山老師の看病につき看取る 1986年昭和61年 芳春院住職となり、現在に至る ------------------------------ 【芳春院】 臨済宗 大徳寺塔頭 慶長13年(1608年)に玉室宗珀(ぎょくしつそうはく)を開祖として加賀百万石の祖・前田利家の夫人・松子(まつ、芳春院)が建立。 法号をとって芳春院と名付け、前田家の菩提寺とした。 寛政8年(1796年)の火災により創建当時の建物が焼失するが、2年後に前田家11代の前田治脩によって再興された。 明治期には廃仏毀釈の嵐の中で荒廃するが、明治8年(1875年)になってようやく復興される。

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